室山まゆみと云えばまずは『あさりちゃん』なのかもしれません。おそらく女の子向けのマンガとしては、一番巻数の多いマンガでしょう。30年以上も描かれています。
ここで取り上げるのは、それよりも古いマンガです。
ウィキペディアに『ハッピー・タンポポ』と云う項目があります。それによると、1977年から約四年間連載されたとのことです。作品の特徴や登場人物については詳しく載っています。野々タンポポと藪小路いばらの二人が主役です。
単行本には収録されていなかったのですが、『あさりちゃん』94巻に一部の7話分が収録されました。あとがきマンガによると、小学五年生と六年生に連載されたとありました。さすがに学年誌は見ていませんが、昭和50年代に小学館で出していた、ティーンコミックというA5版の雑誌があり、その「室山まゆみ あさりちゃん」に収録されています。これが全部なのかわかりませんが。また、ウィキペディアには「コロコロコミック」で総集編が刊行されたとありますが、こちらは見ていません。
このマンガで印象に残っている場面があります。94巻にもある「さらば短足ズン胴」の、二ページ目、ずらりとハンガーに掛けられた11着(見えるところだけで)のオーバーオールです。すべて同じデザインですが、母親は「タンポポ だって、 毎日 かえてる でしょ。」と言います。
これを見たときに思い出したのが、"江戸の粋"でした。
いろいろと禁制があったから、表は飾れないけれど、見えないところに凝るというあれです。そこまで作者が考えたかはわかりませんが、そんなことまで思いを馳せらされました。そして、ニヤリとしてしまったのでした。
もちろん、ギャグマンガですので、きちんとその作法にのっとって、笑わせるところあり、オチはきっちりついています。
「初デートはムフフのフ」では二人のあこがれのカケスくんから、別々に、同時刻、同じ場所にきてくれるように言われ、舞い上がります。その場所に行って、にらみ合う二人でしたが、たのまれたのは合宿の炊事当番でした。
二人ともうまく料理ができず、最後の手段と、店屋物をとってしまい、二人で料理屋で皿洗いをするというオチになります。
このほかにも面白い作品が多いのですが、いまは手に入れるのが難しいのが残念です。
タイトル『ハッピータンポポ』
書名『あさりちゃん』94巻
出版社 小学館 てんとう虫コミックスTC-1206
2010年12月29日 初版第1刷発行
ティーンコミック第4号 昭和54年11月15日発行
ティーンコミック第6号 昭和57年2月20日発行 デビュー作が載っています
ティーンコミック第8号 昭和58年4月19日発行
デビュー作の『がんばれ姉子』は、4ページの小品です。これもいわゆる少女マンガと言うよりは、ギャグマンガでしょう。
2011年7月31日日曜日
2011年7月18日月曜日
北原文野の『もうひとつのハウプトン』
この人の名前を知ったのは、「プチフラワー」の創刊号でした。それ以来7年ほどもこの雑誌に書いていたのです。「プチフラワー」に最後に書いたのは Pシリーズの『L6外を夢見て』でした。『Pシリーズ』以外の作品もあるのですが、やっぱりこのシリーズが浮かんできます。
これほど長く描いていたのに、背表紙に名前が載ることはありませんでした。でも、これらの作品が好きだったかたは、少なくなかったはずです。
創刊号の『ぼくは ぼくに…』がデビュー二作目とのことです。男の子の心理の変化がうまく表現されています。作者は、分身ものといっていますが。
ここで取り上げるのはデビュー作です。この作品は1980年1月別冊少女コミック増刊号に掲載されたとのことで、リアルタイムでは読んでいません。
母親が入院して、叔母のもとに預けられたデビィは、ハウプトンの、晴れていても灰色の空にうんざりしています。そんなデビィを叔母は美術館に連れて行きます。「絵なんか興味がない」デビィですが、一枚の絵の前で立ち止まります。その絵に描かれた太陽からの光でデビィの影が足下に落ち、その絵の中に落ちていきます。
青い空と、緑の村に落ちたデビィは、少し年嵩の少年ジョシュア・タッカーと出会います。ジョシュアは「ここはハウプトンだよ」と言います。ジョシュアはデビィを連れて、附近の案内をします。もとのところに戻ってくると、ジョシュアのおばが現れ、その後で二人はデビィの前から消えてしまいます。
すぐに現れたジョシュアは、こめかみに怪我をしています。ジョシュアの時間では一年が経っていたのです。
大人になっていくかつての少年ジョシュア・タッカーを見守る(?)デビィ。
大きな街に出て、結婚をして、それでも絵で食べていこうとするジョシュアでしたが、妻を亡くし、故郷のハウプトンに帰る決心をします。
ところがかつての青い空を失い、街へと変わってしまったハウプトンを見てジョシュアは叫びます。「うそだ これがハウプトンなものか」と。
そこに現れたデビィにジョシュアは言います。「デビィ デビィだね?」「変わらなかったのは… きみだけだよ」と。
「あら あなた影が」「見まちがいよね」との叔母の声で我に返るデビィでしたが…。目の前に次々に現れる絵は、デビィがジョシュアと一緒に観た風景でした。そして最後の絵は、「変わらなかった少年」と題されたデビィの肖像でした。
「変わらないのは… きみだけだよ」「みんな 一瞬のもの だから 一瞬のものに しがみついて 描きとどめたい」と言ったジョシュアの言葉を思い、涙を流すデビィ。
美術館に来るときに見た、空き地の切り株を、「嘆きの木」だったかもしれないと思うデビィでした。
デビィは絵を描く気になり、ハウプトンの街を描き始めます。「しかしひどい絵」とつぶやきながら。
最後のページでは、デビィを驚かそうと、知らせずに退院した母親が登場します。
最後のコマの叔母のセリフは、シリアスになりすぎたことに対しての、作者の照れ隠しなのかもしれません。
あとがきで作者は、「絵の光が当たって影ができるシーン」からするすると話ができたと書いています。
ストーリーとしては、タイムトリップになるのでしょうが、傍観者のはずのデビィを最初と最後でジョシュアが見るからこそ、物語が成立しているのです。
これがデビュー作とは思えないほどに完成された作品です。
さて、この、変わるものと変わらないものというのは、語り始めたら終わりがなくなりそうなことなのですが、絵の本質にも関わってくることなのでしょう。とてもここで取り上げることはできなさそうです。
以下、どうでもいいような独り言です。
美術館で開かれているのは、ジョシュア・タッカー生誕百年記念展なのですが、彼は、いくつのときにハウプトンを離れ、いくつで妻を失い、いくつのときに最後にデビィに会い、いくつで亡くなったのでしょうか。ハウプトンが、緑の多い村から、彼の知らない街に変貌するまでには、それなりの時間が必要だろうと思うのですが…。
書名『もうひとつのハウプトン』
発行所 SG企画
1988年7月20日 初版発行
これほど長く描いていたのに、背表紙に名前が載ることはありませんでした。でも、これらの作品が好きだったかたは、少なくなかったはずです。
創刊号の『ぼくは ぼくに…』がデビュー二作目とのことです。男の子の心理の変化がうまく表現されています。作者は、分身ものといっていますが。
ここで取り上げるのはデビュー作です。この作品は1980年1月別冊少女コミック増刊号に掲載されたとのことで、リアルタイムでは読んでいません。
母親が入院して、叔母のもとに預けられたデビィは、ハウプトンの、晴れていても灰色の空にうんざりしています。そんなデビィを叔母は美術館に連れて行きます。「絵なんか興味がない」デビィですが、一枚の絵の前で立ち止まります。その絵に描かれた太陽からの光でデビィの影が足下に落ち、その絵の中に落ちていきます。
青い空と、緑の村に落ちたデビィは、少し年嵩の少年ジョシュア・タッカーと出会います。ジョシュアは「ここはハウプトンだよ」と言います。ジョシュアはデビィを連れて、附近の案内をします。もとのところに戻ってくると、ジョシュアのおばが現れ、その後で二人はデビィの前から消えてしまいます。
すぐに現れたジョシュアは、こめかみに怪我をしています。ジョシュアの時間では一年が経っていたのです。
大人になっていくかつての少年ジョシュア・タッカーを見守る(?)デビィ。
大きな街に出て、結婚をして、それでも絵で食べていこうとするジョシュアでしたが、妻を亡くし、故郷のハウプトンに帰る決心をします。
ところがかつての青い空を失い、街へと変わってしまったハウプトンを見てジョシュアは叫びます。「うそだ これがハウプトンなものか」と。
そこに現れたデビィにジョシュアは言います。「デビィ デビィだね?」「変わらなかったのは… きみだけだよ」と。
「あら あなた影が」「見まちがいよね」との叔母の声で我に返るデビィでしたが…。目の前に次々に現れる絵は、デビィがジョシュアと一緒に観た風景でした。そして最後の絵は、「変わらなかった少年」と題されたデビィの肖像でした。
「変わらないのは… きみだけだよ」「みんな 一瞬のもの だから 一瞬のものに しがみついて 描きとどめたい」と言ったジョシュアの言葉を思い、涙を流すデビィ。
美術館に来るときに見た、空き地の切り株を、「嘆きの木」だったかもしれないと思うデビィでした。
デビィは絵を描く気になり、ハウプトンの街を描き始めます。「しかしひどい絵」とつぶやきながら。
最後のページでは、デビィを驚かそうと、知らせずに退院した母親が登場します。
最後のコマの叔母のセリフは、シリアスになりすぎたことに対しての、作者の照れ隠しなのかもしれません。
あとがきで作者は、「絵の光が当たって影ができるシーン」からするすると話ができたと書いています。
ストーリーとしては、タイムトリップになるのでしょうが、傍観者のはずのデビィを最初と最後でジョシュアが見るからこそ、物語が成立しているのです。
これがデビュー作とは思えないほどに完成された作品です。
さて、この、変わるものと変わらないものというのは、語り始めたら終わりがなくなりそうなことなのですが、絵の本質にも関わってくることなのでしょう。とてもここで取り上げることはできなさそうです。
以下、どうでもいいような独り言です。
美術館で開かれているのは、ジョシュア・タッカー生誕百年記念展なのですが、彼は、いくつのときにハウプトンを離れ、いくつで妻を失い、いくつのときに最後にデビィに会い、いくつで亡くなったのでしょうか。ハウプトンが、緑の多い村から、彼の知らない街に変貌するまでには、それなりの時間が必要だろうと思うのですが…。
書名『もうひとつのハウプトン』
発行所 SG企画
1988年7月20日 初版発行
2011年7月11日月曜日
清原なつのの『ゴジラサンド日和』
この人のマンガには、はまるものがありました。特にタイムトラベルのシリーズには。また、『花図鑑』シリーズも面白く読みました。でも、まずは、表題のマンガから取り上げます。
N市H山動物園(もちろん名古屋市東山動物園です)のセメントの恐竜のところからお話が始まります。
春三月、四月から高校三年生になる久里子は、失恋したばかりです。その回想の中に手話をするチンパンジーがでてきます。利口な馬ハンスでないのは、久里子が高校生なので、そのほうが話として作りやすいからでしょうか。
京都大学霊長類研究所のアイ・プロジェクトは1978年から始まっているとのことですが、このマンガの頃はまだ一般に広く知られてはいなかったはずです。
久里子に声を掛けたのは、70歳を過ぎたおじいさん、落ち込んでいる久里子を元気づけようとします。その久里子の回想の場面で、自分では会話をしているつもりで、相手の顔色しか見ていなかったことに気づきます。
おじいさんは若い頃に、「相手の心を 読み取る能力が あれば」と、旧制四高の学生の頃の初恋の話をします。背景には旧制四高の「南下軍の歌」が流れています。
30年ぶりにあった初恋の人と見た映画が1954年の「ゴジラ」だったのでした。
久里子に「チンパンジーは どこですか?」と声を掛ける青年が現れ、説明をする久里子。そんな久里子を見て、おじいさんは言います。「当たりは ひとつだけじゃない 前後賞も 組みちがいもある」と。「新説 赤い糸の伝説」には、絵を観て、吹き出しそうになりました。
チンパンジーのところに行くと、青年はまだいました! 青年にチンパンジーの話をする久里子、青年は久里子に言います、「チンパンジーと いっしょに サーカスに 転職するよ」「いじらしい じゃないか」と。
久里子は、四月からこちらの大学生になるという青年と、つきあうことになります。
陽気のよくなった頃におじいさんが倒れたときいて、二人はお見舞いに行きます。病気で倒れたのではなくて、通信販売で買ったゲートボール養成ギプスのせいだったのですが。
おじいさんから見せられた初恋の人の写真を見て、びっくりする二人。なんと、息子さんの嫁さんにそっくりなのでした。
おじいさんは、自殺さえしかねないように見えた久里子が気になって、声を掛けたのかもしれません。でも、清原なつのの手にかかると、そんな気配はどこかにいってしまうようです。気持ちの切り替えを久里子は学んだように思えます。
さて、清原なつののマンガといえば、落書きにその魅力を感じるのはわたしだけでしょうか。このマンガにはそれほどありませんが、10(196)ページ3齣目はCMそのままですし、32(218)ページ4齣目は面白いことが書いてあります。また、31(217)ページ5齣目の背景には人に紛れ込んでいる4種類の動物がいたりします。()内は、ハヤカワ文庫版のページです。
この本の三番目には、『思い出のトロピカル・パラダイス』が載っています。読み終えて、ハインラインの『夏への扉』が思い浮かびました。気が向いたら、改めて書いてみようと思います。
書名『ゴジラサンド日和』
出版社 集英社 りぼんマスコットコミックス RMC-303
1984年7月18日 第1刷発行
ハヤカワ文庫
タイトル『ゴジラサンド日和』
書名『私の保健室へおいで・・・』
2002年6月10日印刷
2002年6月15日発行
N市H山動物園(もちろん名古屋市東山動物園です)のセメントの恐竜のところからお話が始まります。
春三月、四月から高校三年生になる久里子は、失恋したばかりです。その回想の中に手話をするチンパンジーがでてきます。利口な馬ハンスでないのは、久里子が高校生なので、そのほうが話として作りやすいからでしょうか。
京都大学霊長類研究所のアイ・プロジェクトは1978年から始まっているとのことですが、このマンガの頃はまだ一般に広く知られてはいなかったはずです。
久里子に声を掛けたのは、70歳を過ぎたおじいさん、落ち込んでいる久里子を元気づけようとします。その久里子の回想の場面で、自分では会話をしているつもりで、相手の顔色しか見ていなかったことに気づきます。
おじいさんは若い頃に、「相手の心を 読み取る能力が あれば」と、旧制四高の学生の頃の初恋の話をします。背景には旧制四高の「南下軍の歌」が流れています。
30年ぶりにあった初恋の人と見た映画が1954年の「ゴジラ」だったのでした。
久里子に「チンパンジーは どこですか?」と声を掛ける青年が現れ、説明をする久里子。そんな久里子を見て、おじいさんは言います。「当たりは ひとつだけじゃない 前後賞も 組みちがいもある」と。「新説 赤い糸の伝説」には、絵を観て、吹き出しそうになりました。
チンパンジーのところに行くと、青年はまだいました! 青年にチンパンジーの話をする久里子、青年は久里子に言います、「チンパンジーと いっしょに サーカスに 転職するよ」「いじらしい じゃないか」と。
久里子は、四月からこちらの大学生になるという青年と、つきあうことになります。
陽気のよくなった頃におじいさんが倒れたときいて、二人はお見舞いに行きます。病気で倒れたのではなくて、通信販売で買ったゲートボール養成ギプスのせいだったのですが。
おじいさんから見せられた初恋の人の写真を見て、びっくりする二人。なんと、息子さんの嫁さんにそっくりなのでした。
おじいさんは、自殺さえしかねないように見えた久里子が気になって、声を掛けたのかもしれません。でも、清原なつのの手にかかると、そんな気配はどこかにいってしまうようです。気持ちの切り替えを久里子は学んだように思えます。
さて、清原なつののマンガといえば、落書きにその魅力を感じるのはわたしだけでしょうか。このマンガにはそれほどありませんが、10(196)ページ3齣目はCMそのままですし、32(218)ページ4齣目は面白いことが書いてあります。また、31(217)ページ5齣目の背景には人に紛れ込んでいる4種類の動物がいたりします。()内は、ハヤカワ文庫版のページです。
この本の三番目には、『思い出のトロピカル・パラダイス』が載っています。読み終えて、ハインラインの『夏への扉』が思い浮かびました。気が向いたら、改めて書いてみようと思います。
書名『ゴジラサンド日和』
出版社 集英社 りぼんマスコットコミックス RMC-303
1984年7月18日 第1刷発行
ハヤカワ文庫
タイトル『ゴジラサンド日和』
書名『私の保健室へおいで・・・』
2002年6月10日印刷
2002年6月15日発行
2011年6月26日日曜日
寺島令子の『チルドレンプレイ』
今まで四コママンガを取り上げていませんでした。ここで初めて触れてみたく思います。
以前の(いつから前なのでしょうか、その辺はよくわからないのですが)四コママンガは必ず「起承転結」からなっていて、などと言われていたものですが、いつの頃からか、それがかなりユルくなってきたようです。
『チルドレンプレイ』は、寺島のデビュー作です。手元にある決定版では、181ページ以降だと思われます。どなたか、ご存じのかたはお知らせくだされば幸いです。
保育園を舞台にした、園児たちとそれに振りまわされる保母さんの四コマです。
いかにもありそうな日常の一コマをマンガにしています。しかしその多くは、実際には起こりえないようなことです。だからこそ、そこに笑いが生まれるのでしょう。
それにしても、こんなにたくさんの四コマを描けたものだと感心してしまいます。もっとたくさん描けるよと、作者なら言いそうですけれど。
いま読み返してみて、子どもの足がずいぶん大きいのに気づきました。保母さんよりも足が太くて、大きいのでした。
タドンおめめでも、ちゃんと表情は出せるのだなぁと思ったことを思い出しました。
デビュー作とのことで、絵は決してうまくはありませんが、発想はすばらしいものがあると思い、これ以後の寺島作品はほとんど見ています。
ところで、このマンガは講談社の「ヤングマガジン」に載っていたものなので、いわゆる「少女マンガ」ではないのかもしれませんね。
この本には、巻末に4ページの別の作品が二つ載っています。
書名『チルドレンプレイ』
発行所 講談社 ヤンマガKCスペシャル 43
昭和61年4月18日 第一刷発行
以前の(いつから前なのでしょうか、その辺はよくわからないのですが)四コママンガは必ず「起承転結」からなっていて、などと言われていたものですが、いつの頃からか、それがかなりユルくなってきたようです。
『チルドレンプレイ』は、寺島のデビュー作です。手元にある決定版では、181ページ以降だと思われます。どなたか、ご存じのかたはお知らせくだされば幸いです。
保育園を舞台にした、園児たちとそれに振りまわされる保母さんの四コマです。
いかにもありそうな日常の一コマをマンガにしています。しかしその多くは、実際には起こりえないようなことです。だからこそ、そこに笑いが生まれるのでしょう。
それにしても、こんなにたくさんの四コマを描けたものだと感心してしまいます。もっとたくさん描けるよと、作者なら言いそうですけれど。
いま読み返してみて、子どもの足がずいぶん大きいのに気づきました。保母さんよりも足が太くて、大きいのでした。
タドンおめめでも、ちゃんと表情は出せるのだなぁと思ったことを思い出しました。
デビュー作とのことで、絵は決してうまくはありませんが、発想はすばらしいものがあると思い、これ以後の寺島作品はほとんど見ています。
ところで、このマンガは講談社の「ヤングマガジン」に載っていたものなので、いわゆる「少女マンガ」ではないのかもしれませんね。
この本には、巻末に4ページの別の作品が二つ載っています。
書名『チルドレンプレイ』
発行所 講談社 ヤンマガKCスペシャル 43
昭和61年4月18日 第一刷発行
2011年6月10日金曜日
ちょっと休憩 地震から三か月 星新一の『感謝の日々』
6月11日で地震から丸三か月になります。地震のときには、普段は何の意識もしなかったことやものが、こんなにもありがたかったのかと思いました。
その代表が、水と電気でした。水の入ったペットボトルをぶら下げて、階段を登りながら思い出したのが、星新一の表題のショートショートでした。
「ひとにぎりの未来」に載っている作品です。
すべてが満たされた未来、人びとにそのありがたみを知ってもらうために設けられたのが「○○の日」です。「休電日」には、24時間電気が完全に止まります。「保険の日」には、何があっても保険金は支払われません。
なにかを完全に止めることで、その止められたもののありがたみを知らしめるのです。
電気はスイッチを入れれば、水は栓をひねれば使える、この当たり前のことがこれほどまでに大事なことだったとは。いつの間にか、空気のような存在になっていたものの価値を、改めて認識させられました。
しかし、いつの間にか、そのような思いは薄れてきているのに気づいて、少し情けなく思っています。
三か月が過ぎました。まだまだ余震への心配はありますが、とりあえず前を向いていこうと思っています。
その代表が、水と電気でした。水の入ったペットボトルをぶら下げて、階段を登りながら思い出したのが、星新一の表題のショートショートでした。
「ひとにぎりの未来」に載っている作品です。
すべてが満たされた未来、人びとにそのありがたみを知ってもらうために設けられたのが「○○の日」です。「休電日」には、24時間電気が完全に止まります。「保険の日」には、何があっても保険金は支払われません。
なにかを完全に止めることで、その止められたもののありがたみを知らしめるのです。
電気はスイッチを入れれば、水は栓をひねれば使える、この当たり前のことがこれほどまでに大事なことだったとは。いつの間にか、空気のような存在になっていたものの価値を、改めて認識させられました。
しかし、いつの間にか、そのような思いは薄れてきているのに気づいて、少し情けなく思っています。
三か月が過ぎました。まだまだ余震への心配はありますが、とりあえず前を向いていこうと思っています。
2011年5月29日日曜日
佐々木淳子の『セピア色したみかづき形の…』
10ページのSFマンガです。まさにアイディアがものをいっています。
宇宙船は地球から二億キロのところを、地球に向かって飛んでいます。実はこの距離には単位がありません。少なくともメートルではないようです。二億キロメートルなら太陽-火星間よりも短くなりますから。
宇宙船から見える地球は、ほとんど時間が流れていません。宇宙船の中では、時間は普通に流れています。逆ウラシマ効果によってだとのことです。
相対性理論では、宇宙には絶対基準がありません。絶対基準があるとして、この作品は生まれました。8〜9ページの見開きに、その理屈に気がついた主人公テルルの独白があります。その独白の最後にひときわ大きな文字で書かれています。「ぼくらは 宇宙に本当の意味で〝静止〟してしまったんだ!」
宇宙船から見える地球ですが、テルルが眺めているのは、とある街の夕暮れです。ほとんど動かないその街で、ロードウェイを逆に走る少女、走るといってもほとんど静止画を見ているような感じなのでしょう。
いつしか少女に心惹かれるテルル。「地球についてから あの子を捜すのは そう難しいことじゃ ないよね」「ぼくは 十六年間も あの子を見てきたんだから」
このマンガに対して、相対性理論では云々、と批判の手紙が来たと作者は言っていました。理論だけではSFにならない、と書いていたように記憶していますが、それが書いてあったものを見つけられませんでした。
絶対静止というアイディアにうならされたので、それは気にも留めませんでした。ある意味では、ニュートンの時代に戻ったと言っていいでしょう。
気になったのは一つだけでした。地球からどのくらい遠いところから見ているのかわかりません、この状態はあと五年はつづくとあるので、相当に遠くから地球を眺めているはずです。それなのに、太陽に邪魔されずに地球が見える、しかも街の中の少女の表情までわかるとは、なんとすばらしい望遠鏡なんだろうと。
ものすごく抒情的なSFといえばそうかもしれません。けれど、それだけに心に残るのです。果たして地球に帰ったテルルは、あの少女に会えたのでしょうか、などと…。
と、書いて気づきました、テルルは地球に帰るのではありませんでした。テルルはここで、宇宙船の中で生まれたのでした。
タイトル『セピア色したみかづき形の…』
書名『那由他』三巻
出版社 小学館
昭和58年1月20日初版第1刷発行
手元のは昭和58年3月25日第3刷でした。予想外の売れ行きだったのでしょうか。
少年/少女SFマンガ競作大全集PART 13 東京三世社 昭和57年1月1日発行 にも載っています。ただし、表紙と目次には「セピア色した三日月形の…」とあります。こちらはマンガの後に、佐々木淳子と作家の新井素子の対談があります。このときには新井素子はまだ大学生でした。
何とか今月二度目ができあがりました。少し短いのは、これ以上長くすると、ストーリーを全部書かなければならなくなるから、ということで。
宇宙船は地球から二億キロのところを、地球に向かって飛んでいます。実はこの距離には単位がありません。少なくともメートルではないようです。二億キロメートルなら太陽-火星間よりも短くなりますから。
宇宙船から見える地球は、ほとんど時間が流れていません。宇宙船の中では、時間は普通に流れています。逆ウラシマ効果によってだとのことです。
相対性理論では、宇宙には絶対基準がありません。絶対基準があるとして、この作品は生まれました。8〜9ページの見開きに、その理屈に気がついた主人公テルルの独白があります。その独白の最後にひときわ大きな文字で書かれています。「ぼくらは 宇宙に本当の意味で〝静止〟してしまったんだ!」
宇宙船から見える地球ですが、テルルが眺めているのは、とある街の夕暮れです。ほとんど動かないその街で、ロードウェイを逆に走る少女、走るといってもほとんど静止画を見ているような感じなのでしょう。
いつしか少女に心惹かれるテルル。「地球についてから あの子を捜すのは そう難しいことじゃ ないよね」「ぼくは 十六年間も あの子を見てきたんだから」
このマンガに対して、相対性理論では云々、と批判の手紙が来たと作者は言っていました。理論だけではSFにならない、と書いていたように記憶していますが、それが書いてあったものを見つけられませんでした。
絶対静止というアイディアにうならされたので、それは気にも留めませんでした。ある意味では、ニュートンの時代に戻ったと言っていいでしょう。
気になったのは一つだけでした。地球からどのくらい遠いところから見ているのかわかりません、この状態はあと五年はつづくとあるので、相当に遠くから地球を眺めているはずです。それなのに、太陽に邪魔されずに地球が見える、しかも街の中の少女の表情までわかるとは、なんとすばらしい望遠鏡なんだろうと。
ものすごく抒情的なSFといえばそうかもしれません。けれど、それだけに心に残るのです。果たして地球に帰ったテルルは、あの少女に会えたのでしょうか、などと…。
と、書いて気づきました、テルルは地球に帰るのではありませんでした。テルルはここで、宇宙船の中で生まれたのでした。
タイトル『セピア色したみかづき形の…』
書名『那由他』三巻
出版社 小学館
昭和58年1月20日初版第1刷発行
手元のは昭和58年3月25日第3刷でした。予想外の売れ行きだったのでしょうか。
少年/少女SFマンガ競作大全集PART 13 東京三世社 昭和57年1月1日発行 にも載っています。ただし、表紙と目次には「セピア色した三日月形の…」とあります。こちらはマンガの後に、佐々木淳子と作家の新井素子の対談があります。このときには新井素子はまだ大学生でした。
何とか今月二度目ができあがりました。少し短いのは、これ以上長くすると、ストーリーを全部書かなければならなくなるから、ということで。
2011年5月22日日曜日
山岸凉子の『学園のムフフフ』
山岸凉子は実に多くのマンガを描いています。今なら『舞姫 テレプシコーラ』が浮かびます。古くは『アラベスク』、『日出処の天子』などの長編、『天人唐草』や『ゆうれい談』などの短編があります。その中から少し毛色の変わった表題のマンガを取り上げてみたく思います。
タイトルどおりの学園マンガです。ネットでの評判を見るとあまり芳しくないようですが、なかなか面白いと思って読みました。
高校の入学の日からお話が始まります。主役は平岡伸江と南妙子です。伸江の目から見ての物語として進行します。
伸江は新入生代表として挨拶をするほど成績優秀です。妙子は保健委員に選ばれ成績はそれなりに良いようです。伸江に「ふーん 美人だよね こういうのが アイドルに なるんだよね」と思わせるほど目立ちます。
伸江は視力0.1なのにハンサムはしっかり見えるという特技がありました。そのめがねにかなったのが自治会長で三年生の村淳一でした。
入学の日の夜に伸江の見た夢は、小さい頃にいじっめっこにいじめられたというものでした。「あんな男の子は いまどき どうなっているんだろう」と思います。
いつしか伸江についた呼び名は「女史」「平岡女史」になります。
そんなある日、伸江の下駄箱にラブレターが入っているということが起こります。ところが封を切ってガクゼンとします。妙子宛の手紙が隣の伸江の下駄箱に間違えて入っていたのでした。翌日、そのラブレターを妙子に渡すと、意外な反応が返ってきます。手紙の中のひどい間違いに大笑いしながら、「はじめて もらった ラブレターが これでは あんまりよ」というのです。
一人静かに本を読む妙子、けれど読んでいたのは『天才バカボン』。
そんなこんなで伸江と妙子のつきあいが始まります。
そして、妙子の先輩から妙子が中学時代に「学園のプリンス」と呼ばれていたと聞かされます。伸江の頭の中はクエスチョンマークだらけ。
夏休みのキャンプで、思わぬことから、おしとやかだと思っていた妙子の積極的な面を知る伸江でした。
そしてキャンプの最後の夜、伸江は自治会長の村淳一から「これ… 南くんに わたしてくれる」と手紙を託されます。「男が女に わたす手紙を 女にたのむ ばかがいるか」と、涙をぬぐう伸江。ところが、妙子は、翌日の帰りのバスの車中でも、手紙のことは伸江には何も言いません。
結局、夏休み中、伸江は妙子と会おうとはしません。
二学期の始まりの日、伸江は妙子の変貌(?)に驚きます。肩まで掛かるほどの髪をプッツリと切っていたのです、「ワカメちゃん じゃないのよ あんまりだ」と言わせるほどに短く。訊くと、「ザルかぶって 母に切って もらったの」との返事。
妙子は、村淳一の手紙に返事を書いていませんでした。「自分を下げて あいてに きらわれる 方法をとった」ことに伸江は気づきます。
二人はまた一学期と同じようにつきあいます。
そんなある日、レポートを書くために妙子の家に行くと、ハンサムな兄がいます。普段は東京の大学に行っていて、家にいないとのことです。
「ねえ アルバム 見る」とわたされたアルバムには、伸江を幼い頃にいじめたいじっめこが写っています。てっきり妙子の兄にいじめられたと思い訊くと、「それ あたしよ」と答える妙子。「昔は 男女(おとこおんな)なんて いわれてたのよ」と続きます。学園のプリンスのいわれについてはこう答えます。「男子と 賭をして 勝ったの」 その内容を聞いてガクゼンとする伸江。「校舎の2階から とびおりるの 負けたほうが ラーメン おごろうって」
「外見と中身が ちがいすぎるのよ」と伸江は叫びます。
外見と中身の違いは誰でも多少は経験することですが、これほどギャップがあると大変でしょう。本人はそのことに何も感じてなければなおさらに。
直接に関係はないのですが、「外面似菩薩(げめんじぼさつ)、内心如夜叉」という言葉を思い出していました。妙子の内心はもちろん夜叉ではありません、そこには何の悪意もありませんから。しかし、だからこそ周りは振り回されるのでしょう。
『赤い髪の少年』の中にあっては、このマンガは異質です。これだけがコメディーなのです。もっとも、伸江にとってはコメディーでは済まないのでしょうが。
タイトル『学園のムフフフ』
書名『赤い髪の少年』
出版社 朝日ソノラマ サンコミックス(SCM-388)
昭和51年7月1日初版発行
ブルー・ロージス 自選作品集 (文春文庫 ビジュアル版) 1999年11月発行 にも載っています。
タイトルどおりの学園マンガです。ネットでの評判を見るとあまり芳しくないようですが、なかなか面白いと思って読みました。
高校の入学の日からお話が始まります。主役は平岡伸江と南妙子です。伸江の目から見ての物語として進行します。
伸江は新入生代表として挨拶をするほど成績優秀です。妙子は保健委員に選ばれ成績はそれなりに良いようです。伸江に「ふーん 美人だよね こういうのが アイドルに なるんだよね」と思わせるほど目立ちます。
伸江は視力0.1なのにハンサムはしっかり見えるという特技がありました。そのめがねにかなったのが自治会長で三年生の村淳一でした。
入学の日の夜に伸江の見た夢は、小さい頃にいじっめっこにいじめられたというものでした。「あんな男の子は いまどき どうなっているんだろう」と思います。
いつしか伸江についた呼び名は「女史」「平岡女史」になります。
そんなある日、伸江の下駄箱にラブレターが入っているということが起こります。ところが封を切ってガクゼンとします。妙子宛の手紙が隣の伸江の下駄箱に間違えて入っていたのでした。翌日、そのラブレターを妙子に渡すと、意外な反応が返ってきます。手紙の中のひどい間違いに大笑いしながら、「はじめて もらった ラブレターが これでは あんまりよ」というのです。
一人静かに本を読む妙子、けれど読んでいたのは『天才バカボン』。
そんなこんなで伸江と妙子のつきあいが始まります。
そして、妙子の先輩から妙子が中学時代に「学園のプリンス」と呼ばれていたと聞かされます。伸江の頭の中はクエスチョンマークだらけ。
夏休みのキャンプで、思わぬことから、おしとやかだと思っていた妙子の積極的な面を知る伸江でした。
そしてキャンプの最後の夜、伸江は自治会長の村淳一から「これ… 南くんに わたしてくれる」と手紙を託されます。「男が女に わたす手紙を 女にたのむ ばかがいるか」と、涙をぬぐう伸江。ところが、妙子は、翌日の帰りのバスの車中でも、手紙のことは伸江には何も言いません。
結局、夏休み中、伸江は妙子と会おうとはしません。
二学期の始まりの日、伸江は妙子の変貌(?)に驚きます。肩まで掛かるほどの髪をプッツリと切っていたのです、「ワカメちゃん じゃないのよ あんまりだ」と言わせるほどに短く。訊くと、「ザルかぶって 母に切って もらったの」との返事。
妙子は、村淳一の手紙に返事を書いていませんでした。「自分を下げて あいてに きらわれる 方法をとった」ことに伸江は気づきます。
二人はまた一学期と同じようにつきあいます。
そんなある日、レポートを書くために妙子の家に行くと、ハンサムな兄がいます。普段は東京の大学に行っていて、家にいないとのことです。
「ねえ アルバム 見る」とわたされたアルバムには、伸江を幼い頃にいじめたいじっめこが写っています。てっきり妙子の兄にいじめられたと思い訊くと、「それ あたしよ」と答える妙子。「昔は 男女(おとこおんな)なんて いわれてたのよ」と続きます。学園のプリンスのいわれについてはこう答えます。「男子と 賭をして 勝ったの」 その内容を聞いてガクゼンとする伸江。「校舎の2階から とびおりるの 負けたほうが ラーメン おごろうって」
「外見と中身が ちがいすぎるのよ」と伸江は叫びます。
外見と中身の違いは誰でも多少は経験することですが、これほどギャップがあると大変でしょう。本人はそのことに何も感じてなければなおさらに。
直接に関係はないのですが、「外面似菩薩(げめんじぼさつ)、内心如夜叉」という言葉を思い出していました。妙子の内心はもちろん夜叉ではありません、そこには何の悪意もありませんから。しかし、だからこそ周りは振り回されるのでしょう。
『赤い髪の少年』の中にあっては、このマンガは異質です。これだけがコメディーなのです。もっとも、伸江にとってはコメディーでは済まないのでしょうが。
タイトル『学園のムフフフ』
書名『赤い髪の少年』
出版社 朝日ソノラマ サンコミックス(SCM-388)
昭和51年7月1日初版発行
ブルー・ロージス 自選作品集 (文春文庫 ビジュアル版) 1999年11月発行 にも載っています。
2011年4月29日金曜日
コンタロウの『東京の青い空』
コンタロウといえば『1・2のアッホ!!』や『いっしょけんめいハジメくん』などのギャグマンガが知られています。この『東京の青い空』は唯一のSFマンガとのことです。
正味44ページで、PART 1 失踪(11ページ) PART 2 抜け穴(11ページ) PART 3 動機(11ページ半) PART 4 真相(10ページ半) となっています。このページ割りをみると、起承転結を、同じページ数に割り振ったように見えます。
ふたりの少年(俊一と圭太)とひとりの少女(ルミちゃん、白血病で余命幾ばくもない)を縦糸に、横糸には神田警部と水野(身分は出てきません、刑事でしょうか)のふたりでしょう。
最初にネタバレを書きます。第三次世界大戦後の地下都市東京の物語です。
では、ストーリーを。
最初のページは爆破事件の発生と、そのニュースをカーラジオで聞いているトラック運転手です。次のページでそのトラックを停める少年たち、銃で運転手を脅して、Z地点に行くように言います。
この辺で舞台が現在ではないらしいことがわかります。
この三人がいた孤児院の院長が自殺したようだということで、神田警部と水野が登場してきます。少女が読んでいたらしい本を、警部は水野に手渡します。古めかしい本で百年以上も前のもので、タイトルは「東京の青い空」です。
Z地点でエレベーターで地上に出ようとする三人ですが、着いたところは、荒れ果てた(三人にはそれが何かわからないのですが)地下鉄の駅でした。駅にも、傾いた電車の中にも白骨死体がありました。帰ろうとするのですが、ルミちゃんの気分が悪くなり、たくさんの骸骨のある電車の中のシートにルミちゃんを横にします。
水野はZ地点のことを調べ、忘れられた抜け穴だったことを知ります。そして、地上に向かった三人のことが臨時ニュースで流されます。
なぜ、どのようにして三人は地上へと向かったのかに疑問を抱いた水野は、それを調べようとします。
一方、電車内の三人は大ネズミの大群に襲われますが、銃で撃退します。そしてつぶやきます。「ボクらに銃を くれるなんて (中略) あのタヌキみたいな顔のおじさんは」と。
神田警部が失踪事件についての調査報告を発表します、青い空を見るために地上に出たのではないかと。
水野は盗まれた銃がないことを知ります。喫茶店であれこれ考えている水野ですが、そのときテレビで失踪事件のことが流れます。女性評論家は言います、「(少女が)つぶやいた、死ぬ前に ひと目 青い空が 見たいわ…と(中略) 少女の願いを かなえてやるために 危険を 承知で 地上へ…」
「いつも ピリピリ してる この辺の 連中が 涙を?」これで水野は真相に気づきます。
大ネズミが出てこないことを確かめて三人は戻ろうとしますが、フタが開きません。内側から鍵をかけられてしまったのです。
このマンガはeBookで出版されているようなので、最終章を細かく書くのはやめておきます。
この芝居の脚本をかいたのは政府でした。
「この地下でたえなければならんのだ! いつの日か 地上が 浄化され 東京の 青い空の下でくらせる日まで!!」と、神田警部は言います。
三人は地上へと向かい、青い空ではなくオーロラの輝くきれいな色の空を目にします。
「2112年現在の磁極は東京をつらぬいている」との放送でマンガは終わります。
小学生がこのマンガを読むと、おとなは汚いというのでしょうか、あるいは水野さんは子どもの味方というのでしょうか、それはわかりません。けれど、このマンガはさまざまの視点から読めるのがいいのではないでしょうか。
地下都市を維持していかなければならない立場からすれば、三人の命以上のものが得られるならば……というのもわからないではないのです。でも、もっと別の解決法がなかったのかとの思いも残ります。
三人を縦糸に、警部と水野を横糸にと書きましたが、この物語は、織物ではなく、編み物なのかもしれないなあと今は思います。一本の糸から紡がれる物語なのかなあと。
書名『東京の青い空』
発行所 創美社 ジャンプスーパーコミックス74
1980年9月15日
四月は、先月の地震もあり、最初と終わりのほうだけにしか書けませんでした。来月はどうなることでしょうか。
正味44ページで、PART 1 失踪(11ページ) PART 2 抜け穴(11ページ) PART 3 動機(11ページ半) PART 4 真相(10ページ半) となっています。このページ割りをみると、起承転結を、同じページ数に割り振ったように見えます。
ふたりの少年(俊一と圭太)とひとりの少女(ルミちゃん、白血病で余命幾ばくもない)を縦糸に、横糸には神田警部と水野(身分は出てきません、刑事でしょうか)のふたりでしょう。
最初にネタバレを書きます。第三次世界大戦後の地下都市東京の物語です。
では、ストーリーを。
最初のページは爆破事件の発生と、そのニュースをカーラジオで聞いているトラック運転手です。次のページでそのトラックを停める少年たち、銃で運転手を脅して、Z地点に行くように言います。
この辺で舞台が現在ではないらしいことがわかります。
この三人がいた孤児院の院長が自殺したようだということで、神田警部と水野が登場してきます。少女が読んでいたらしい本を、警部は水野に手渡します。古めかしい本で百年以上も前のもので、タイトルは「東京の青い空」です。
Z地点でエレベーターで地上に出ようとする三人ですが、着いたところは、荒れ果てた(三人にはそれが何かわからないのですが)地下鉄の駅でした。駅にも、傾いた電車の中にも白骨死体がありました。帰ろうとするのですが、ルミちゃんの気分が悪くなり、たくさんの骸骨のある電車の中のシートにルミちゃんを横にします。
水野はZ地点のことを調べ、忘れられた抜け穴だったことを知ります。そして、地上に向かった三人のことが臨時ニュースで流されます。
なぜ、どのようにして三人は地上へと向かったのかに疑問を抱いた水野は、それを調べようとします。
一方、電車内の三人は大ネズミの大群に襲われますが、銃で撃退します。そしてつぶやきます。「ボクらに銃を くれるなんて (中略) あのタヌキみたいな顔のおじさんは」と。
神田警部が失踪事件についての調査報告を発表します、青い空を見るために地上に出たのではないかと。
水野は盗まれた銃がないことを知ります。喫茶店であれこれ考えている水野ですが、そのときテレビで失踪事件のことが流れます。女性評論家は言います、「(少女が)つぶやいた、死ぬ前に ひと目 青い空が 見たいわ…と(中略) 少女の願いを かなえてやるために 危険を 承知で 地上へ…」
「いつも ピリピリ してる この辺の 連中が 涙を?」これで水野は真相に気づきます。
大ネズミが出てこないことを確かめて三人は戻ろうとしますが、フタが開きません。内側から鍵をかけられてしまったのです。
このマンガはeBookで出版されているようなので、最終章を細かく書くのはやめておきます。
この芝居の脚本をかいたのは政府でした。
「この地下でたえなければならんのだ! いつの日か 地上が 浄化され 東京の 青い空の下でくらせる日まで!!」と、神田警部は言います。
三人は地上へと向かい、青い空ではなくオーロラの輝くきれいな色の空を目にします。
「2112年現在の磁極は東京をつらぬいている」との放送でマンガは終わります。
小学生がこのマンガを読むと、おとなは汚いというのでしょうか、あるいは水野さんは子どもの味方というのでしょうか、それはわかりません。けれど、このマンガはさまざまの視点から読めるのがいいのではないでしょうか。
地下都市を維持していかなければならない立場からすれば、三人の命以上のものが得られるならば……というのもわからないではないのです。でも、もっと別の解決法がなかったのかとの思いも残ります。
三人を縦糸に、警部と水野を横糸にと書きましたが、この物語は、織物ではなく、編み物なのかもしれないなあと今は思います。一本の糸から紡がれる物語なのかなあと。
書名『東京の青い空』
発行所 創美社 ジャンプスーパーコミックス74
1980年9月15日
四月は、先月の地震もあり、最初と終わりのほうだけにしか書けませんでした。来月はどうなることでしょうか。
2011年4月1日金曜日
中森清子の『東京マグニチュード8.2』と古屋兎丸の『彼女を守る51の方法』
『東京マグニチュード8.2』が意外に多くのかたの目に留まったようなので、その内容を書いて、古屋兎丸の『彼女を守る51の方法』についても少し触れておきます。
今の地震への標語は「グラッときたら身の安全」が第一で、第二が脱出口の確保、次に火の始末になっています。揺れの時間はせいぜい一分間と考えられているようです。ところが、今回の大地震は揺れが五分間ほども続いたのです、揺れが収まったかと思うとまた揺れを繰り返したのです。後で知ったのですが、この地震は3つの連動した地震だったとのことです。ですから揺れの時間が長かったのです。
『東京マグニチュード8.2』はおよそ30年前の作品です。マグニチュード(M) 9.0 の地震が実際に起こってしまった今からみれば、いろいろと変なところもみられるのですが、あらすじを追ってみましょう。なお、以下のページは集英社漫画文庫のものです。
主人公の香川緑は高校生で、化学の実験中に大きな地震が起こります。スカートに火がついて慌ててそれを消す緑、しかし周りでは、火だるまになっている級友が数人。階段から逃げようとしますが、階段は火の海です。窓から、下のプールに飛び降り、何とか校舎からは脱出します。以下、29ページから40ページまで校庭での出来事になり、校庭に地割れができ、落ちた教師を閉じ込めて、地割れはまた閉じてしまいます。M 8.2 ではこのようなことが起こるとは思えません、このシーンは誇張でしょう。
町営グラウンドに逃げようとするのですが、余震でビルからガラスが降ってきて倒れる級友も。53ページまでがグラウンドに着くまでの描写です。
グラウンドに着いたのはよかったのですが、水道の水は出ません、そこに雨が降り出し喜んだのですが、灰や砂を含んだ雨で、飲めたものではありません。疲れ果てて座り込む主人公たち、そこを、動物園を逃げ出したライオンに襲われます。作者の頭には1979年の千葉県君津市にある神野寺のトラ騒動があったのではと、想像してしまいます。
何とかトラから逃れ、84ページからは地下鉄のトンネルを通っての逃避行です。ようやく地上に出た4人(委員長の脇坂、山下、親友の関マコ、主人公)の目の前には、99ページに描かれた、飴のようにねじ曲がった東京タワーがありました。
この後、コンビニから勝手に持ち出した食べ物を巡るトラブルがあり、脇坂が別行動をとります。三人になったところに、警官ひとりとふたりの男のグループが現れ、警官がピストルで山下を脅し、動きを封じて、残りのふたりが緑とマコを襲おうとします。この危機は何とか切り抜けますが、山下は、警官に撃たれて太ももに怪我をします。銃声を聞きつけた脇坂が戻ってきて、また四人で行動します。病院をみつけますが、人影はなく、そこにあった消毒薬を使い、包帯を巻きます。137ページに「たった1日で」とありますので、ここまでで夜が一回あったことになります。
以下は、ネタバレというか、いくら何でもそれはないんじゃないのというシーンが続くのですが…。
池袋の主人公の家にたどり着くためにタバコ屋の角を曲がるのが143ページですが、そこで見たものは、一面の水浸しの光景でした。
さらに襲ってくる津波に追われ、サンシャインビルの屋上に逃げる四人ですが、途中でマコが津波にさらわれ、三人は何とか屋上にたどり着きます。屋上から見渡すと遠くのビルで、誰かが火をたいているようです。泳ぎに自信のある脇坂は海に飛び込みますが、すぐにサメに襲われてしまいます。
瀕死の山下は緑に「おれ… きみが… ずっと 好きだったんだ」と言い、「救助隊が くるまで ……」「がん…… ばろうな」とほほえんで目を閉じます。
アメリカ軍のヘリコプターに発見され、救助される緑。
兵士たちは、「生存者モ 数エルホドシカ イナインダロウナ……」と話しています。
水に沈んだ東京の上を飛ぶヘリコプターのシーンでマンガは終わります。
前に、突っ込みどころがあると書いたのは、後半に多いのですが、それはやめておきましょう、昼の東京都区内が水没すれば、一千万人からの人が亡くなるのは、わからないではないです。でも、サンシャインビルが傾き、水没するとは考えられません。そのほかにもあるのですが、やめておきます。
書名『東京マグニチュード8.2』
出版社 集英社 集英社漫画文庫
昭和58年2月25日 第1刷発行
つぎに古屋兎丸の『彼女を守る51の方法』ですが、一応のことは、Wikipedia にありますので、そちらをご覧くださるようお願いします。書きかけ項目になっていますが。
こちらは現実味があるというのは、震災とその後の大勢の登場人物が、ありそうな設定になっているところにあります。また、津波はでてきませんが、帰宅困難者というところは、このたびの東北地方太平洋沖地震の際にも問題になりました。
書名『彼女を守る51の方法』
出版社 新潮社
いつの出版か、余震で本棚が壊れたままなので今のところわかりません。
地震から三週間経った今日現在、死者・行方不明者は28,000名を超えてしまいました。
今の地震への標語は「グラッときたら身の安全」が第一で、第二が脱出口の確保、次に火の始末になっています。揺れの時間はせいぜい一分間と考えられているようです。ところが、今回の大地震は揺れが五分間ほども続いたのです、揺れが収まったかと思うとまた揺れを繰り返したのです。後で知ったのですが、この地震は3つの連動した地震だったとのことです。ですから揺れの時間が長かったのです。
『東京マグニチュード8.2』はおよそ30年前の作品です。マグニチュード(M) 9.0 の地震が実際に起こってしまった今からみれば、いろいろと変なところもみられるのですが、あらすじを追ってみましょう。なお、以下のページは集英社漫画文庫のものです。
主人公の香川緑は高校生で、化学の実験中に大きな地震が起こります。スカートに火がついて慌ててそれを消す緑、しかし周りでは、火だるまになっている級友が数人。階段から逃げようとしますが、階段は火の海です。窓から、下のプールに飛び降り、何とか校舎からは脱出します。以下、29ページから40ページまで校庭での出来事になり、校庭に地割れができ、落ちた教師を閉じ込めて、地割れはまた閉じてしまいます。M 8.2 ではこのようなことが起こるとは思えません、このシーンは誇張でしょう。
町営グラウンドに逃げようとするのですが、余震でビルからガラスが降ってきて倒れる級友も。53ページまでがグラウンドに着くまでの描写です。
グラウンドに着いたのはよかったのですが、水道の水は出ません、そこに雨が降り出し喜んだのですが、灰や砂を含んだ雨で、飲めたものではありません。疲れ果てて座り込む主人公たち、そこを、動物園を逃げ出したライオンに襲われます。作者の頭には1979年の千葉県君津市にある神野寺のトラ騒動があったのではと、想像してしまいます。
何とかトラから逃れ、84ページからは地下鉄のトンネルを通っての逃避行です。ようやく地上に出た4人(委員長の脇坂、山下、親友の関マコ、主人公)の目の前には、99ページに描かれた、飴のようにねじ曲がった東京タワーがありました。
この後、コンビニから勝手に持ち出した食べ物を巡るトラブルがあり、脇坂が別行動をとります。三人になったところに、警官ひとりとふたりの男のグループが現れ、警官がピストルで山下を脅し、動きを封じて、残りのふたりが緑とマコを襲おうとします。この危機は何とか切り抜けますが、山下は、警官に撃たれて太ももに怪我をします。銃声を聞きつけた脇坂が戻ってきて、また四人で行動します。病院をみつけますが、人影はなく、そこにあった消毒薬を使い、包帯を巻きます。137ページに「たった1日で」とありますので、ここまでで夜が一回あったことになります。
以下は、ネタバレというか、いくら何でもそれはないんじゃないのというシーンが続くのですが…。
池袋の主人公の家にたどり着くためにタバコ屋の角を曲がるのが143ページですが、そこで見たものは、一面の水浸しの光景でした。
さらに襲ってくる津波に追われ、サンシャインビルの屋上に逃げる四人ですが、途中でマコが津波にさらわれ、三人は何とか屋上にたどり着きます。屋上から見渡すと遠くのビルで、誰かが火をたいているようです。泳ぎに自信のある脇坂は海に飛び込みますが、すぐにサメに襲われてしまいます。
瀕死の山下は緑に「おれ… きみが… ずっと 好きだったんだ」と言い、「救助隊が くるまで ……」「がん…… ばろうな」とほほえんで目を閉じます。
アメリカ軍のヘリコプターに発見され、救助される緑。
兵士たちは、「生存者モ 数エルホドシカ イナインダロウナ……」と話しています。
水に沈んだ東京の上を飛ぶヘリコプターのシーンでマンガは終わります。
前に、突っ込みどころがあると書いたのは、後半に多いのですが、それはやめておきましょう、昼の東京都区内が水没すれば、一千万人からの人が亡くなるのは、わからないではないです。でも、サンシャインビルが傾き、水没するとは考えられません。そのほかにもあるのですが、やめておきます。
書名『東京マグニチュード8.2』
出版社 集英社 集英社漫画文庫
昭和58年2月25日 第1刷発行
つぎに古屋兎丸の『彼女を守る51の方法』ですが、一応のことは、Wikipedia にありますので、そちらをご覧くださるようお願いします。書きかけ項目になっていますが。
こちらは現実味があるというのは、震災とその後の大勢の登場人物が、ありそうな設定になっているところにあります。また、津波はでてきませんが、帰宅困難者というところは、このたびの東北地方太平洋沖地震の際にも問題になりました。
書名『彼女を守る51の方法』
出版社 新潮社
いつの出版か、余震で本棚が壊れたままなので今のところわかりません。
地震から三週間経った今日現在、死者・行方不明者は28,000名を超えてしまいました。
2011年3月25日金曜日
中森清子の『東京マグニチュード8.2』
倒れた本棚の本を片付けているときに一冊のマンガが目にとまりました。それが表題のマンガです。
昭和57年(1982年)ザ・マーガレット1号掲載とありますから、1981年12月発売なのでしょうか、およそ30年前の作品です。
地震の描かれたマンガを買ったのは憶えていましたが、内容はすっかり忘れていました。読み返してみると、いろいろと突っ込みどころの多いマンガですが、いまは措いておきます。
このマンガが描かれたころの事情をみてみましょう。
1974年5月に伊豆半島沖地震があり、静岡県南伊豆町で30人が亡くなっています。この地震は M(マグニチュード) 6.9 でした。1978年には1月に伊豆大島近海地震(M 7)があり、伊豆半島の東側で25人が亡くなり、6月には宮城県沖地震(M 7.4)が起こり28人が亡くなっています。この1978年宮城県沖地震は、津波は非常に小さいものしか発生せず津波被害はありませんでした。しかし、倒壊家屋が多かったことから、建築基準法が改正され、1981年に施行されました。
作者は静岡県出身とありますので、東海地震の心配があったのでしょう、それで舞台を東京に置き換えてこのマンガを描いたのかもしれません。
このマンガの後の、1983年5月には日本海中部地震があり、104人が亡くなっていますが、そのうちの100人が津波の犠牲者です。
1995年1月には兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)があり、その犠牲者の多さに驚かされたのですが、津波はありませんでした。
そして東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)では、死者・行方不明者は27,000人を超えて、その多くが津波の犠牲者なのです。
東京が地震に襲われるマンガとしては、古屋兎丸の『彼女を守る51の方法』があります。こちらのマンガはまだ現実味を帯びています。
なんか、とりとめもなく書いてしまいました。
次回からは、もっとましに書こうと思っています。
書名『東京マグニチュード8.2』
出版社 集英社 集英社漫画文庫 195
昭和58年2月25日 第1刷発行
昭和57年(1982年)ザ・マーガレット1号掲載とありますから、1981年12月発売なのでしょうか、およそ30年前の作品です。
地震の描かれたマンガを買ったのは憶えていましたが、内容はすっかり忘れていました。読み返してみると、いろいろと突っ込みどころの多いマンガですが、いまは措いておきます。
このマンガが描かれたころの事情をみてみましょう。
1974年5月に伊豆半島沖地震があり、静岡県南伊豆町で30人が亡くなっています。この地震は M(マグニチュード) 6.9 でした。1978年には1月に伊豆大島近海地震(M 7)があり、伊豆半島の東側で25人が亡くなり、6月には宮城県沖地震(M 7.4)が起こり28人が亡くなっています。この1978年宮城県沖地震は、津波は非常に小さいものしか発生せず津波被害はありませんでした。しかし、倒壊家屋が多かったことから、建築基準法が改正され、1981年に施行されました。
作者は静岡県出身とありますので、東海地震の心配があったのでしょう、それで舞台を東京に置き換えてこのマンガを描いたのかもしれません。
このマンガの後の、1983年5月には日本海中部地震があり、104人が亡くなっていますが、そのうちの100人が津波の犠牲者です。
1995年1月には兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)があり、その犠牲者の多さに驚かされたのですが、津波はありませんでした。
そして東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)では、死者・行方不明者は27,000人を超えて、その多くが津波の犠牲者なのです。
東京が地震に襲われるマンガとしては、古屋兎丸の『彼女を守る51の方法』があります。こちらのマンガはまだ現実味を帯びています。
なんか、とりとめもなく書いてしまいました。
次回からは、もっとましに書こうと思っています。
書名『東京マグニチュード8.2』
出版社 集英社 集英社漫画文庫 195
昭和58年2月25日 第1刷発行
2011年3月17日木曜日
地震から一週間
東北関東大震災からもう一週間になります。幸い、わたしは無事でしたが、今日現在で16,000名の死者・行方不明者が出ています。亡くなられたかたの御冥福をお祈りいたします。
緊急地震速報の終わらないうちに揺れ始めたと思います。必死でパソコンが机から落ちないように押さえていました。わたしの職場は、二階建ての一階なので揺れの割には被害は少なくて済みました。
職場の避難場所で全員の無事が確認されそこで散会になりました。そのときはラジオで大津波警報が出たことは知っていました。帰宅した後は、停電でラジオもなく、何があったのかさえわかりませんでした。
翌日、ラジオを手に入れスイッチを入れて愕然としました。それでもそのときはまだ死者・行方不明者は2,000人に満たなかったと思います。その数は日に日に増えて、とうとう今日は16,000名とのことです。
日曜日の午後に電気は回復しましたが、ケーブルテレビの会社までは通電されていなくて、テレビは映りませんでした。
月曜日に職場に行きましたが、棟続きの本屋(八階建て)は、惨憺たるものでした。上の階ほど被害が酷く、こんなものがというものまでが動いていました。
余震も回数が多く、結構揺れも大きなものがあったりしています。
きょうで一週間ですが、街はまだ生きていません、店は開いているところも売り切れたらおしまいです。行列があればとりあえず並んでみるという状況です。地震前のあふれているような物は、現実だったのでしょうか、そんなことも考えてしまいます。
東京電力は計画停電を行っていて、その地域のかたは大変とは思いますが、どうか被災地のことを思いやってください。
なお、このたびの震災を東日本大震災と報じているところもありますが、賛成できません。JR東日本や東日本高速道路に引きずられるのかもしれませんが、東北は北日本に分類されています。
わたしのところは、食器棚が倒れ、食器のほとんどが割れたのと、本棚がめちゃくちゃになり、おそらく使い物にならなくなったことぐらいでしょう。怖くてまだ全部は見ていません。机から落ちた iMac はこうして無事に blog の更新に使えています。
一週間後に更新する元気があるかどうか……
緊急地震速報の終わらないうちに揺れ始めたと思います。必死でパソコンが机から落ちないように押さえていました。わたしの職場は、二階建ての一階なので揺れの割には被害は少なくて済みました。
職場の避難場所で全員の無事が確認されそこで散会になりました。そのときはラジオで大津波警報が出たことは知っていました。帰宅した後は、停電でラジオもなく、何があったのかさえわかりませんでした。
翌日、ラジオを手に入れスイッチを入れて愕然としました。それでもそのときはまだ死者・行方不明者は2,000人に満たなかったと思います。その数は日に日に増えて、とうとう今日は16,000名とのことです。
日曜日の午後に電気は回復しましたが、ケーブルテレビの会社までは通電されていなくて、テレビは映りませんでした。
月曜日に職場に行きましたが、棟続きの本屋(八階建て)は、惨憺たるものでした。上の階ほど被害が酷く、こんなものがというものまでが動いていました。
余震も回数が多く、結構揺れも大きなものがあったりしています。
きょうで一週間ですが、街はまだ生きていません、店は開いているところも売り切れたらおしまいです。行列があればとりあえず並んでみるという状況です。地震前のあふれているような物は、現実だったのでしょうか、そんなことも考えてしまいます。
東京電力は計画停電を行っていて、その地域のかたは大変とは思いますが、どうか被災地のことを思いやってください。
なお、このたびの震災を東日本大震災と報じているところもありますが、賛成できません。JR東日本や東日本高速道路に引きずられるのかもしれませんが、東北は北日本に分類されています。
わたしのところは、食器棚が倒れ、食器のほとんどが割れたのと、本棚がめちゃくちゃになり、おそらく使い物にならなくなったことぐらいでしょう。怖くてまだ全部は見ていません。机から落ちた iMac はこうして無事に blog の更新に使えています。
一週間後に更新する元気があるかどうか……
2011年3月6日日曜日
沖倉利津子の『卯子そのぐんじょう色の青春』
沖倉利津子といえば「セッチとカッチ」のシリーズを取り上げるべきなのかもしれません。なぜこのマンガかといいますと、最初に手にしたのがこのマンガだったからです。タイトルと、少し上を向いた女の子の横顔に惹かれたのかもしれません。こぼれ落ちそうな目はいかにも少女マンガですが。
小学校の図画の時間に、空を群青色に塗り続けクラスメイトから馬鹿にされ、暗い小・中学校時代を過ごした卯子。誰も知っている人のいない高校に進学して、明るい人間に生まれ変わろうとするのですが…。
ひょんなきっかけから卯子は、クラス委員長田畑君のやっている自転車同好会に入ることになります。ところが、卯子には自転車に乗れないという特技(?)がありました。委員長の助けを借り、卯子は必死に練習をするのですが、いっこうに乗れそうにありません。
卯子は、副委員長の笹野さん、田畑君の幼なじみで他クラスの額田君と友だちになります。この二人も自転車同好会に入っています。ところが、同じ一年生の何気なく友だちと話しているのを聞いて、卯子はまた落ち込んでしまいます。
中間テストの結果を見て、さらに落ち込む卯子。退部を言って逃げ出します。
次の日曜日、することのない卯子は弟の自転車を借りて練習をします。
「乗れない自転車 明るくなりえない 人生ー そんなの イヤだ!」と、何度も転んでは起き上がってを繰り返します。「負けるもんか〜」と、大声を出して体の力が抜けて、何とか走り出せました。実は最初だけ田畑君が支えていたのですが、乗れたことにはかわりありませんでした。
田畑君は前の日のことを謝るために、自転車で卯子のところに来たのでした、2時間近くを掛けて。
夏休みになり、自転車同好会は本格的サイクリングを行います。脇を通った車に気をとられ道路脇に倒れ落ちた卯子は、幸い怪我はしませんでしたが、自転車がゆがんでしまいます。自転車の修理をする田畑君の傍らで、空を見上げた卯子は「うあー 群青色ー」と言いました。
その後しばし、卯子と田畑君の空の色談議が続きます。それがタイトルになっている訳です。
本当の空の色はどんな色かは人それぞれでしょう。でも、確かにどこまでも青い空は、深い深い青、群青なのでしょう。そしてその色は、小学生の使う絵の具ではとても出せなかったのでしょう。
カヴァーの群青色は、もっと深い色のほうがよかったような気がするのは、わがままでしょうか。
自転車について自分のことを考えてみると、乗れるようになったのは小学生のいつのことか憶えてはいませんが、何度も何度も転んだことは憶えています。自転車はいとこから借りました。
このマンガを読んで、沖倉利津子の他のマンガも読んでみようと思ったので、このマンガに出合えたことは幸せでした。
最後に、卯月は陰暦四月なのですが……
書名『卯子そのぐんじょう色の青春』
出版社 集英社 マーガレットコミックス 736
1983年2月28日 第1刷発行
小学校の図画の時間に、空を群青色に塗り続けクラスメイトから馬鹿にされ、暗い小・中学校時代を過ごした卯子。誰も知っている人のいない高校に進学して、明るい人間に生まれ変わろうとするのですが…。
ひょんなきっかけから卯子は、クラス委員長田畑君のやっている自転車同好会に入ることになります。ところが、卯子には自転車に乗れないという特技(?)がありました。委員長の助けを借り、卯子は必死に練習をするのですが、いっこうに乗れそうにありません。
卯子は、副委員長の笹野さん、田畑君の幼なじみで他クラスの額田君と友だちになります。この二人も自転車同好会に入っています。ところが、同じ一年生の何気なく友だちと話しているのを聞いて、卯子はまた落ち込んでしまいます。
中間テストの結果を見て、さらに落ち込む卯子。退部を言って逃げ出します。
次の日曜日、することのない卯子は弟の自転車を借りて練習をします。
「乗れない自転車 明るくなりえない 人生ー そんなの イヤだ!」と、何度も転んでは起き上がってを繰り返します。「負けるもんか〜」と、大声を出して体の力が抜けて、何とか走り出せました。実は最初だけ田畑君が支えていたのですが、乗れたことにはかわりありませんでした。
田畑君は前の日のことを謝るために、自転車で卯子のところに来たのでした、2時間近くを掛けて。
夏休みになり、自転車同好会は本格的サイクリングを行います。脇を通った車に気をとられ道路脇に倒れ落ちた卯子は、幸い怪我はしませんでしたが、自転車がゆがんでしまいます。自転車の修理をする田畑君の傍らで、空を見上げた卯子は「うあー 群青色ー」と言いました。
その後しばし、卯子と田畑君の空の色談議が続きます。それがタイトルになっている訳です。
本当の空の色はどんな色かは人それぞれでしょう。でも、確かにどこまでも青い空は、深い深い青、群青なのでしょう。そしてその色は、小学生の使う絵の具ではとても出せなかったのでしょう。
カヴァーの群青色は、もっと深い色のほうがよかったような気がするのは、わがままでしょうか。
自転車について自分のことを考えてみると、乗れるようになったのは小学生のいつのことか憶えてはいませんが、何度も何度も転んだことは憶えています。自転車はいとこから借りました。
このマンガを読んで、沖倉利津子の他のマンガも読んでみようと思ったので、このマンガに出合えたことは幸せでした。
最後に、卯月は陰暦四月なのですが……
書名『卯子そのぐんじょう色の青春』
出版社 集英社 マーガレットコミックス 736
1983年2月28日 第1刷発行
2011年2月25日金曜日
ちょっと休憩 『東京キッド』と『心の窓にともし灯を』
古い唄で恐縮なのですが。
美空ひばりの『東京キッド』が1950年、ザ・ピーナッツの『心の窓にともし灯を』が1959年暮れ、とのことですが、ザ・ピーナッツを先に聴き、美空ひばりが後になりました。『東京キッド』は10年ほど前に聴いたのですが(その前に聴いたことがあったかもしれません、憶えていないだけで)、「右のポッケにゃ夢がある 左のポッケにゃチュウインガム」で、『心の窓にともし灯を』を思い出したのです、「ポッケにゃなんにもないけれど」というフレーズを。
1945年に戦争に負けて、なにもないところから再出発した日本です。それから15年経っても、まだ貧困はつきまとっていたのです。池田内閣で所得倍増計画が閣議決定されたのが1960年12月のことで、翌年度から実施されました。日本は高度経済成長期に入ったのです。その少し前から国民総中流がいわれるようになり、1970年には9割が中流と答えるまでになりました。
さて、バブルの崩壊から10年ほど経ったころ、日本の失われた10年といわれ始めるときに、『東京キッド』を聴き、『心の窓にともし灯を』を思い出したわけです。この頃は、まさか失われた20年になるとは、思ってもいなかったのですけれども。
今は、ポケットにはいっぱいいろんなものが詰まっているけど、本当に必要なものは、入っているのだろうかと。ポケットをいっぱいにすることに夢中になって、何かを忘れたのではないのかなぁと。
以前は空のポッケと夢があったはずなのに、今はふくらんだポケットと、そしてどこかに忘れた夢かなぁなどと考えていたのでした。
今から10年前を振り返ると、まだポケットにはいろんなものが詰まっていたのですが、それから10年、ますます増えるワーキングプアをみると、ポケットが空になり、夢をなくしてしまった人たちは、どうすればいいのでしょうか。
はたらけど
はたらけど猶わが生活(くらし)樂にならざり
ぢつと手を見る
啄木
美空ひばりの『東京キッド』が1950年、ザ・ピーナッツの『心の窓にともし灯を』が1959年暮れ、とのことですが、ザ・ピーナッツを先に聴き、美空ひばりが後になりました。『東京キッド』は10年ほど前に聴いたのですが(その前に聴いたことがあったかもしれません、憶えていないだけで)、「右のポッケにゃ夢がある 左のポッケにゃチュウインガム」で、『心の窓にともし灯を』を思い出したのです、「ポッケにゃなんにもないけれど」というフレーズを。
1945年に戦争に負けて、なにもないところから再出発した日本です。それから15年経っても、まだ貧困はつきまとっていたのです。池田内閣で所得倍増計画が閣議決定されたのが1960年12月のことで、翌年度から実施されました。日本は高度経済成長期に入ったのです。その少し前から国民総中流がいわれるようになり、1970年には9割が中流と答えるまでになりました。
さて、バブルの崩壊から10年ほど経ったころ、日本の失われた10年といわれ始めるときに、『東京キッド』を聴き、『心の窓にともし灯を』を思い出したわけです。この頃は、まさか失われた20年になるとは、思ってもいなかったのですけれども。
今は、ポケットにはいっぱいいろんなものが詰まっているけど、本当に必要なものは、入っているのだろうかと。ポケットをいっぱいにすることに夢中になって、何かを忘れたのではないのかなぁと。
以前は空のポッケと夢があったはずなのに、今はふくらんだポケットと、そしてどこかに忘れた夢かなぁなどと考えていたのでした。
今から10年前を振り返ると、まだポケットにはいろんなものが詰まっていたのですが、それから10年、ますます増えるワーキングプアをみると、ポケットが空になり、夢をなくしてしまった人たちは、どうすればいいのでしょうか。
はたらけど
はたらけど猶わが生活(くらし)樂にならざり
ぢつと手を見る
啄木
2011年2月20日日曜日
松本和代の『もな子…しゃべり勝ち!』
この人の単行本は四冊しか出ていないようです。『もな子…しゃべり勝ち!』は二冊目です。
高校二年生のもな子の、まぁ言ってしまえば、どたばた恋物語なのです、甘くはないけれども。といっても悲恋ではありませんので、ご安心を。
主な登場人物は、もな子、親友のカンナ、他校生の樫本くん、北炭先生、そして恋敵の中学生の史織ちゃんの五人です。もう一匹、樫本くんの飼い犬ノリノスケを忘れてはいけませんでした。
もな子は弁論部に所属していて、弁舌の立つほうだと思っています。そして、将来は環境庁の長官になると張り切っています(環境庁が環境省になったのは2001年です)。
そんなもな子を心配して、カンナは恋のおまじないのカメを作ることを勧めますが、もな子は、それを一笑に付します。けれど、密かに「4時半の君」と名付けた男性に恋心を抱いているもな子は、カメを作って、その男性に渡そうとします。ところがノリノスケの登場でそれもできず、飼い主の樫本くんと知り合います。
後日、もな子は知ることになりますが、「4時半の君」は、世界史の北炭先生として、もな子の前に現れ、樫本くんの家に大学生の時から下宿しています。
この樫本くんは、来るべき食糧危機に備えて、巨大ナスを作る研究をしています。ナスはもな子の好物でもありました。
あとは、どたばたコメディーになります。
全体の2/3ほどのところから史織ちゃんが登場します。恋のさや当てが始まるのですが、マンガのタイトルとは違って、もな子は、口では史織ちゃんに敵わないのでした。
樫本くんに、妹として好きだと言われて落ち込む史織ちゃん、元気づけようとして史織ちゃんに好かれて困り顔のカンナ、そして……。
ナスの季節が終わり、つぎは巨大大根に挑む二人、話しながら笑いあう二人の後ろでは……でマンガは終わります。
植物の巨大化以外は、いかにもありそうなお話で、さて何でこんなマンガが印象に残っているのかなぁと思うのですが。
北炭先生以外の登場人物、特に樫本くんと史織ちゃんの思い込みの激しさが、このマンガの命なのでしょう。たぶん、樫本くんの中では、巨大植物を作るのが一番で、もな子はその次なのでしょう、でも、それはもな子の中ではどうでもいいのかもしれません。きっともな子は、巨大植物を作る夢を持った樫本くんを好きになったのでしょうから。
絵はいわゆる少女マンガの絵ではありません。よく言えば個性的な絵です。また、マンガのタイトルとは異なり、もな子が誰かにしゃべりで勝つということは滅多にありません。
書名『もな子…しゃべり勝ち!』
出版社 集英社 集英社漫画文庫
昭和56年10月25日 第1刷発行
高校二年生のもな子の、まぁ言ってしまえば、どたばた恋物語なのです、甘くはないけれども。といっても悲恋ではありませんので、ご安心を。
主な登場人物は、もな子、親友のカンナ、他校生の樫本くん、北炭先生、そして恋敵の中学生の史織ちゃんの五人です。もう一匹、樫本くんの飼い犬ノリノスケを忘れてはいけませんでした。
もな子は弁論部に所属していて、弁舌の立つほうだと思っています。そして、将来は環境庁の長官になると張り切っています(環境庁が環境省になったのは2001年です)。
そんなもな子を心配して、カンナは恋のおまじないのカメを作ることを勧めますが、もな子は、それを一笑に付します。けれど、密かに「4時半の君」と名付けた男性に恋心を抱いているもな子は、カメを作って、その男性に渡そうとします。ところがノリノスケの登場でそれもできず、飼い主の樫本くんと知り合います。
後日、もな子は知ることになりますが、「4時半の君」は、世界史の北炭先生として、もな子の前に現れ、樫本くんの家に大学生の時から下宿しています。
この樫本くんは、来るべき食糧危機に備えて、巨大ナスを作る研究をしています。ナスはもな子の好物でもありました。
あとは、どたばたコメディーになります。
全体の2/3ほどのところから史織ちゃんが登場します。恋のさや当てが始まるのですが、マンガのタイトルとは違って、もな子は、口では史織ちゃんに敵わないのでした。
樫本くんに、妹として好きだと言われて落ち込む史織ちゃん、元気づけようとして史織ちゃんに好かれて困り顔のカンナ、そして……。
ナスの季節が終わり、つぎは巨大大根に挑む二人、話しながら笑いあう二人の後ろでは……でマンガは終わります。
植物の巨大化以外は、いかにもありそうなお話で、さて何でこんなマンガが印象に残っているのかなぁと思うのですが。
北炭先生以外の登場人物、特に樫本くんと史織ちゃんの思い込みの激しさが、このマンガの命なのでしょう。たぶん、樫本くんの中では、巨大植物を作るのが一番で、もな子はその次なのでしょう、でも、それはもな子の中ではどうでもいいのかもしれません。きっともな子は、巨大植物を作る夢を持った樫本くんを好きになったのでしょうから。
絵はいわゆる少女マンガの絵ではありません。よく言えば個性的な絵です。また、マンガのタイトルとは異なり、もな子が誰かにしゃべりで勝つということは滅多にありません。
書名『もな子…しゃべり勝ち!』
出版社 集英社 集英社漫画文庫
昭和56年10月25日 第1刷発行
2011年2月12日土曜日
阿保美代の『真夏に真綿の雪が降る日』
先日、漆原友紀の『水域』を読んでいてふと思い出したのが、阿保美代の表題のマンガでした。『水域』は、上下470ページの大作ですが、『真夏に真綿の雪が降る日』は、たった8ページの小品です。でもその中に詰まっているものは、とても大きいのです。
阿保美代のファンのかたが、以下のサイトを作っています。
http://abosan.web.fc2.com/top.html
8ページのあらすじというのもどうかと思うのですが、これがないと感想が書けませんので。
あやは、朝、目を覚まします。「遠くのほうで かねの音や たいこの音が 聞こえる(中略)きょうは 特別な日だ!」ということで、ひとりで、「きれいに かざられた きょうの料理」を食べ、「大好きな 朝顔の もよう」のゆかたを着ようとします。「おかあちゃん 帯 むすべない」と呼んでも、「みんな でかけてる きょうは 特別な日 だからだ」と、涙ながらに納得します。
外へとでかけますが、誰にも会えません。学校に行っても誰もいません。村を見つめながら、あやは考えます。「かねとか たいこの音 たしかに 聞こえるのに みんな どこさ いるんだべ」と。
帯がとけて泣いているあや、動くものが目に入ります。こわれた手風琴とこわれた人形でした。その人形はあやが無くしたと思っていたものです。あやは人形を連れ帰ります。おなかいっぱい食べ、「あやは 人形と いっしょに ねむる」 と、ここまでで6ページです。
以下の2ページで語られることが表題の意味になります。
「雪のように 光る あわい あわいものが そっと ふってきて やさしく あやを つつむなかで あやは ねむる……」
たった10で、はやりやまいで逝ってしまったあやの墓参りにきている母親と、あやぐらいの年頃の子ども(あやねえちゃんと子どもは言っています)。特別の日とは、お盆のことだったのがわかります。
あやの亡くなった後で、村はダムの底に沈みます。
新しく作ったお墓にあやの骨はあるのですが、あやが生まれ育って、そして死んでいったダムの底の家に、あやの魂は帰ってきているのではと、母親は言うのです。
「くる年も くる年も その子は 水の中の村さ たった ひとり 帰ってきて ひとり 遊ぶ(中略)泣きつかれて 真綿の雪が ふりつもるまで……」とお話は終わります。
繰り返しになりますが、最後の二ページで、なぜあやがひとりぼっちなのかがわかるのです。ところで、「みんな どこさ いるんだべ」との、あやの思いはどこに行くのでしょうか、「真綿の雪が ふりつもるまで……」続くのでしょうか。それでは、あまりに救いがないと思えるのです。
あるいは、将来母親があやのもとへいったときに、あやは救われるのでしょうか。
一度目はすらっと読めたのに、読み返したときには、あちこち、つっかえてしまいました。なぜあやがひとりぼっちか、わかっていて読むと、また、違った思いが湧いてくるのです。
ダムに沈むということ以外にも、『水域』との共通点はあるようですが。
投稿の時季が半年ずれていますが、そのへんは大目にみてください。
タイトル『真夏に真綿の雪が降る日』
書名『アボサンのふるさとメルヘン2』
出版社 講談社
昭和57年11月15日第一刷発行
阿保美代のファンのかたが、以下のサイトを作っています。
http://abosan.web.fc2.com/top.html
8ページのあらすじというのもどうかと思うのですが、これがないと感想が書けませんので。
あやは、朝、目を覚まします。「遠くのほうで かねの音や たいこの音が 聞こえる(中略)きょうは 特別な日だ!」ということで、ひとりで、「きれいに かざられた きょうの料理」を食べ、「大好きな 朝顔の もよう」のゆかたを着ようとします。「おかあちゃん 帯 むすべない」と呼んでも、「みんな でかけてる きょうは 特別な日 だからだ」と、涙ながらに納得します。
外へとでかけますが、誰にも会えません。学校に行っても誰もいません。村を見つめながら、あやは考えます。「かねとか たいこの音 たしかに 聞こえるのに みんな どこさ いるんだべ」と。
帯がとけて泣いているあや、動くものが目に入ります。こわれた手風琴とこわれた人形でした。その人形はあやが無くしたと思っていたものです。あやは人形を連れ帰ります。おなかいっぱい食べ、「あやは 人形と いっしょに ねむる」 と、ここまでで6ページです。
以下の2ページで語られることが表題の意味になります。
「雪のように 光る あわい あわいものが そっと ふってきて やさしく あやを つつむなかで あやは ねむる……」
たった10で、はやりやまいで逝ってしまったあやの墓参りにきている母親と、あやぐらいの年頃の子ども(あやねえちゃんと子どもは言っています)。特別の日とは、お盆のことだったのがわかります。
あやの亡くなった後で、村はダムの底に沈みます。
新しく作ったお墓にあやの骨はあるのですが、あやが生まれ育って、そして死んでいったダムの底の家に、あやの魂は帰ってきているのではと、母親は言うのです。
「くる年も くる年も その子は 水の中の村さ たった ひとり 帰ってきて ひとり 遊ぶ(中略)泣きつかれて 真綿の雪が ふりつもるまで……」とお話は終わります。
繰り返しになりますが、最後の二ページで、なぜあやがひとりぼっちなのかがわかるのです。ところで、「みんな どこさ いるんだべ」との、あやの思いはどこに行くのでしょうか、「真綿の雪が ふりつもるまで……」続くのでしょうか。それでは、あまりに救いがないと思えるのです。
あるいは、将来母親があやのもとへいったときに、あやは救われるのでしょうか。
一度目はすらっと読めたのに、読み返したときには、あちこち、つっかえてしまいました。なぜあやがひとりぼっちか、わかっていて読むと、また、違った思いが湧いてくるのです。
ダムに沈むということ以外にも、『水域』との共通点はあるようですが。
投稿の時季が半年ずれていますが、そのへんは大目にみてください。
タイトル『真夏に真綿の雪が降る日』
書名『アボサンのふるさとメルヘン2』
出版社 講談社
昭和57年11月15日第一刷発行
2011年2月8日火曜日
粕谷紀子の『花園を求めて』と『花園を見た日』
ふたつの作品を取り上げたのは、同じような少女を取り扱いながらも、まるで違った結末になっているからなのです。
『花園を求めて』は1975年ちゃお秋の増刊号、『花園を見た日』は1978年プチコミック早春の号に載ったものです。『花園を見た日』はプチコミックで読みました。これはこの号の特集が「倉多江美の世界」でしたので買ったのです。『花園を求めて』はその後の1978年3月に出版された単行本「水の中の星」で読みました。
『花園を見た日』は単行本には収録されていません。
ページ数ですが、『花園を求めて』は25ページ、『花園を見た日』は48ページです。『花園を求めて』の二倍の長さになった分、『花園を見た日』のほうが細かいところまで描かれています。
それではこのふたつの作品をみていきましょう。以下『花園を求めて』は『求めて』、『花園を見た日』は『見た日』と記すことにします。
表紙の絵はかなり違いますが、それは置いておきます。
まず最初のページですが、両方とも山を見つめる少女のななめ後ろの絵から始まります。『求めて』は山が遠景にありますが、『見た日』では中景になっています。また少女の視線が『求めて』では山の頂を見つめていて少し頭が上を向いているようです。『求めて』では風は少女の前から吹いていますが、『見た日』では後ろから吹いています。
一番大きな違いは、『求めて』では雲間から漏れる、ほのかな光が太陽を暗示しています。一方の『見た日』では黄色い弱々しい太陽が描かれているだけです。この太陽は薄い雲を通して見た太陽のようです、輪郭がぼやけていてかすかな光が漏れているようにしか見えません。これが実は結末を暗示しているのですが、最初に読んだときには少し絵が違うといった程度にしか思いませんでした。
「この冬枯れの 荒涼とした土地の どこに 花園があるだろう ーー?」「聞こえるのは むなしく 荒野を吹きわたる 風の音ばかり」という書き出しで二つのお話は始まります。
『求めて』には、さらに「1840年 フランスの片いなか」とあります。
主な登場人物は主人公の少女テレーズ、農園に新たに雇われた中年の男(ジェローム、『求めて』には名前は出てきません)、主人公が働いている農園の女主人(イヴォンヌ、『求めて』には名前は出てこなくて、二コマだけ姿が描かれています)、女主人の甥だという若いツバメ(アルフォンス、『求めて』には名前は出てきません)の四人です。
テレーズはそれなりの家庭に生まれますが、父が亡くなり、零落していきます。それでも母は平気な顔をしています。なぜ平気なの? と幼いテレーズに問われて、母は答えます。「心の中に 幸せな 思い出を(中略)それはそれは 美しい花園の ようなもの」を持っているからだと。
物語の始まる前の年に母も亡くなり、テレーズは農場で働き出します。
以下、まず『求めて』のあらすじです。
いつも花園を夢見ているテレーズは、周りから孤立しています。若いツバメに乱暴されそうになったところを、中年の男に助けられます。男はテレーズに言います。「なぜ街に行かないんだ?」 それに対してテレーズは答えます。「花園を待っているの」と。
その後の会話で、この男が10年前に妻を残して街に出た、この農園の主だとわかります。しかし、男は「十年前に家を出た男だ」といって名乗り出ようともしません。
クリスマスのミサに、農園に残されたテレーズは、またも若いツバメにおそわれます。このときにも中年の男が農園に残されていて、テレーズを助けようとします。男は銃を取り出すのですが、止めようとするテレーズ、その隙を突いてツバメは男に襲いかかり、男を撃ってしまいます。
瀕死の男は次のように言います。「きみは花園をみつけたろう?(中略)今度は広い世界へ ほんとうの幸せをさがしに行くんだ」
そして、テレーズが街に出るところでお話は終わります。
次いで『見た日』のあらすじです。
出だしはほとんど変わりありません。周りから孤立するテレーズを見て男は思います。「おれは10年かかった"もっとべつの生活"などありはしないということを悟るまで」
寒い地下室に誤って閉じ込められたテレーズは、半死半生で助け出されます。ようやく気がついたテレーズですが、頑なな心はそのままです。けれど男にこう言われるのです。「もっとべつの生活なんてありゃしない!! 今が! ここが! あんたのまわりの人間たちが!! あんたの生活さ!」
それ以後、周りに心を開いていくテレーズ、奉公人仲間ともきちんと交流できるようになっていきます。英語を読めることを知った女主人から、ジェロームの残していった英語の本を読むように命じられるテレーズ、英語のわからない女主人には子守歌代わりだったのですが、眠りの中でジェロームとつぶやきます。
クリスマスのミサに、農園に残されアルフォンスに襲われるテレーズ、ジェロームはテレーズを助けようと銃を取り出そうとするのですが…。「あの女は8年間おまえを待ち続けていたんだからな」とのアルフォンスの言葉を聞き、隙ができて、アルフォンスに撃たれてしまいます。
瀕死のジェロームをみつけたイヴォンヌは、許しを請うジェロームに言います。「やっと 帰ってきて くれたのね それだけで 十分よ!!」
横たわるジェロームを支えるテレーズと、イヴォンヌのほおに手を添えるジェロームの場面でお話は終わります。そこに添えられている言葉は「花園は ひとの心の中に あるのかもしれない……」
『見た日』は、ここで終わっているのですが、テレーズは街に出ることもなくたぶん農園で暮らすのでしょう。
これを書くために『見た日』を読み返してみて、書き始めたときと少し違うことに気づきました。最初のページに弱々しい太陽、と書いたのですが、テレーズの影がくっきりと描かれていました。決して弱い光ではないようなのです。
描かれた順番から考えても、「花園はひとの心の中にある」が作者の言いたいことなのかなあと思ったのです。
しかしそれでも、と思うのです。チルチルとミチルは、青い鳥は自分の家にいると気がつくのですが、それでは、二人の夢の中の旅は無意味だったのかと。
決してそんなことはありません。自分の鳥が青いと気づくのは自分の力で気づく、それが大事なことのように思えるのです。
『見た日』でテレーズが変わったのが、ジェロームに言われたからだけだとしたなら、問題でしょう。ジェロームに言われたことがきっかけになって、自分で考えた結果なら、それでいいのですが。
タイトル『花園を求めて』
書名『水の中の星』
出版社 大都社
昭和53年3月10日初版発行
タイトル『花園を見た日』
プチコミック早春の号
出版社 小学館
昭和53年3月1日発行
『花園を求めて』は1975年ちゃお秋の増刊号、『花園を見た日』は1978年プチコミック早春の号に載ったものです。『花園を見た日』はプチコミックで読みました。これはこの号の特集が「倉多江美の世界」でしたので買ったのです。『花園を求めて』はその後の1978年3月に出版された単行本「水の中の星」で読みました。
『花園を見た日』は単行本には収録されていません。
ページ数ですが、『花園を求めて』は25ページ、『花園を見た日』は48ページです。『花園を求めて』の二倍の長さになった分、『花園を見た日』のほうが細かいところまで描かれています。
それではこのふたつの作品をみていきましょう。以下『花園を求めて』は『求めて』、『花園を見た日』は『見た日』と記すことにします。
表紙の絵はかなり違いますが、それは置いておきます。
まず最初のページですが、両方とも山を見つめる少女のななめ後ろの絵から始まります。『求めて』は山が遠景にありますが、『見た日』では中景になっています。また少女の視線が『求めて』では山の頂を見つめていて少し頭が上を向いているようです。『求めて』では風は少女の前から吹いていますが、『見た日』では後ろから吹いています。
一番大きな違いは、『求めて』では雲間から漏れる、ほのかな光が太陽を暗示しています。一方の『見た日』では黄色い弱々しい太陽が描かれているだけです。この太陽は薄い雲を通して見た太陽のようです、輪郭がぼやけていてかすかな光が漏れているようにしか見えません。これが実は結末を暗示しているのですが、最初に読んだときには少し絵が違うといった程度にしか思いませんでした。
「この冬枯れの 荒涼とした土地の どこに 花園があるだろう ーー?」「聞こえるのは むなしく 荒野を吹きわたる 風の音ばかり」という書き出しで二つのお話は始まります。
『求めて』には、さらに「1840年 フランスの片いなか」とあります。
主な登場人物は主人公の少女テレーズ、農園に新たに雇われた中年の男(ジェローム、『求めて』には名前は出てきません)、主人公が働いている農園の女主人(イヴォンヌ、『求めて』には名前は出てこなくて、二コマだけ姿が描かれています)、女主人の甥だという若いツバメ(アルフォンス、『求めて』には名前は出てきません)の四人です。
テレーズはそれなりの家庭に生まれますが、父が亡くなり、零落していきます。それでも母は平気な顔をしています。なぜ平気なの? と幼いテレーズに問われて、母は答えます。「心の中に 幸せな 思い出を(中略)それはそれは 美しい花園の ようなもの」を持っているからだと。
物語の始まる前の年に母も亡くなり、テレーズは農場で働き出します。
以下、まず『求めて』のあらすじです。
いつも花園を夢見ているテレーズは、周りから孤立しています。若いツバメに乱暴されそうになったところを、中年の男に助けられます。男はテレーズに言います。「なぜ街に行かないんだ?」 それに対してテレーズは答えます。「花園を待っているの」と。
その後の会話で、この男が10年前に妻を残して街に出た、この農園の主だとわかります。しかし、男は「十年前に家を出た男だ」といって名乗り出ようともしません。
クリスマスのミサに、農園に残されたテレーズは、またも若いツバメにおそわれます。このときにも中年の男が農園に残されていて、テレーズを助けようとします。男は銃を取り出すのですが、止めようとするテレーズ、その隙を突いてツバメは男に襲いかかり、男を撃ってしまいます。
瀕死の男は次のように言います。「きみは花園をみつけたろう?(中略)今度は広い世界へ ほんとうの幸せをさがしに行くんだ」
そして、テレーズが街に出るところでお話は終わります。
次いで『見た日』のあらすじです。
出だしはほとんど変わりありません。周りから孤立するテレーズを見て男は思います。「おれは10年かかった"もっとべつの生活"などありはしないということを悟るまで」
寒い地下室に誤って閉じ込められたテレーズは、半死半生で助け出されます。ようやく気がついたテレーズですが、頑なな心はそのままです。けれど男にこう言われるのです。「もっとべつの生活なんてありゃしない!! 今が! ここが! あんたのまわりの人間たちが!! あんたの生活さ!」
それ以後、周りに心を開いていくテレーズ、奉公人仲間ともきちんと交流できるようになっていきます。英語を読めることを知った女主人から、ジェロームの残していった英語の本を読むように命じられるテレーズ、英語のわからない女主人には子守歌代わりだったのですが、眠りの中でジェロームとつぶやきます。
クリスマスのミサに、農園に残されアルフォンスに襲われるテレーズ、ジェロームはテレーズを助けようと銃を取り出そうとするのですが…。「あの女は8年間おまえを待ち続けていたんだからな」とのアルフォンスの言葉を聞き、隙ができて、アルフォンスに撃たれてしまいます。
瀕死のジェロームをみつけたイヴォンヌは、許しを請うジェロームに言います。「やっと 帰ってきて くれたのね それだけで 十分よ!!」
横たわるジェロームを支えるテレーズと、イヴォンヌのほおに手を添えるジェロームの場面でお話は終わります。そこに添えられている言葉は「花園は ひとの心の中に あるのかもしれない……」
『見た日』は、ここで終わっているのですが、テレーズは街に出ることもなくたぶん農園で暮らすのでしょう。
これを書くために『見た日』を読み返してみて、書き始めたときと少し違うことに気づきました。最初のページに弱々しい太陽、と書いたのですが、テレーズの影がくっきりと描かれていました。決して弱い光ではないようなのです。
描かれた順番から考えても、「花園はひとの心の中にある」が作者の言いたいことなのかなあと思ったのです。
しかしそれでも、と思うのです。チルチルとミチルは、青い鳥は自分の家にいると気がつくのですが、それでは、二人の夢の中の旅は無意味だったのかと。
決してそんなことはありません。自分の鳥が青いと気づくのは自分の力で気づく、それが大事なことのように思えるのです。
『見た日』でテレーズが変わったのが、ジェロームに言われたからだけだとしたなら、問題でしょう。ジェロームに言われたことがきっかけになって、自分で考えた結果なら、それでいいのですが。
タイトル『花園を求めて』
書名『水の中の星』
出版社 大都社
昭和53年3月10日初版発行
タイトル『花園を見た日』
プチコミック早春の号
出版社 小学館
昭和53年3月1日発行
2011年1月28日金曜日
川崎苑子の『いちご時代』
川崎苑子は大好きなマンガ家ですが、なにを取り上げたらいいのか悩みます。前回取り上げた柳沢きみおの『月とスッポン』では、最終回をすっかり忘れてしまっていたのですが、今回は印象的な最終回の川崎苑子、『いちご時代』を持ってきてみました。
前作の『ポテト時代』(yonemasu.blogspot.com/2015/05/blog-post_25.html に書きました)の続編として描かれたマンガで、『ポテト時代』では三女のそよ子がヒロインでしたけれど、このマンガは四女の川風ふう子がヒロインです。ふう子の小学校入学の前日から、二年生になった四月まで丸一年のお話です。
三人の姉と父親が家族です。母親は亡くなっています。
以下のページにタイトルとあらすじが載っていました。
http://manpara.sakura.ne.jp/sub-doyobi.htm#top
他人より少しスローな子供のふう子、そよ子さんに言わせると(No.9 いちご狩りの前の日)「トロくたって ぬけてたって」となってしまいます。それなのに No.39 つむぎちゃんは思う では、ほとんどすべてで勝っているはずのつむぎちゃんはこう思うのです。
「あたしはほとんど 勝ってるのにさ 時たま最後の ひとつで負けてる ような気分に なっちゃうのよっ」
それではこれから、印象に残ったお話を取り上げていきます。
まず「No.1 3月の最後の日」です。明日から小学校という日、ふう子は幼稚園にもどりたいと思う。そよ子に言われるままに長い髪を切った後で、「髪の毛 きりたくない」と言い、「母さんと おんなじ髪に もどりたい」と思うのです。
眠らなければ四月はこないのでは、と思いつつ眠ってしまうふう子なのでした。
四月になりいろんな事がありながらも、友だちのつむぎちゃんもでき何とか学校生活を送るのですが……
このつむぎちゃんはなかなかの切れ者なのですが、なぜかトロいふう子と友だちになります。この二人に共通することが出てくるのが、「 No.9 いちご狩りの前の日」です。楽しいことの前には、それを力一杯待ってしまい熱を出してしまうのでした。
肉を食べられなくなったり、女子高生をおばさんと呼んでみたり(別れるときは、おねえちゃんと言っています)といろいろあります。
「No.15 つゆの草」では、「ゆっくりかくのは いけないことなの?」「どうして いつも いそがなくちゃ いけないの?」と先生に尋ねて、答えをもらえませんでした。先生にだって答えはわからなかったのです。
「No.21 真夏の夢から」は高原のペンションにやってきたのはよかったのですが、ひとりほったらかしにされたふう子が、初めて会った少年(?)と丘のぼりをするお話です。「いちばん楽し かった時代に もどりたくて たまらなく なった時 ここの ことも 思いだせる といいね」と、真昼の夢からさめた会社の経営者は、ふう子に言います。
「No. 27 銀のすすきの国」は、町の中では唯一すすきの生えている庭のある家に住んでいる、町一番のお金持ちのおじいさんのお話です。その庭でおじいさんの子どものころの話を聞き、おじいさんと遊ぶふう子とつむぎちゃん、てまりちゃん。最後は、見開きですすきの野原を駆ける少年と、「そちらの 銀のすすきの国は すてきですか?」の問いかけで終わります。
この二つのお話は大人が主人公です。子どもが読んでも面白がるとは思いますが、本当の意味を知るのはもっと大きくなってからでしょう。
「No.40 冬の連想」は、父さんが、雪の朝に思い出す昔のことが描かれています。もしあの日雪が降らなかったなら、自分はどんな人生を歩いていたのだろうかと。この手の話は暗くしようとすればいくらでも暗くなるのですが、それを感傷に留めているのは、終わりのほうに出てくるふう子ではないでしょうか。
「No.24 にげる少女」「No.25 まちがい」は続きになっています。なにかから逃げるふう子、先生の言葉からそれに気づきふう子に「あんたは3つもまちがいをおかしている!」と説教をするそよ子。さて、ふう子はいくらお小遣いをもらえることになったのでしょう。
涙なしに読めなかったのが「No.45 2月の雨」でした。車にはねられて亡くなった女の子のお話です。「即死だったので(中略)あの子の眼にやきついたものは 一面にゆれる 色とりどりの 大好きなアネモネの花だったのに ちがいない」
「No.46 路上にて」「No.47 すこしとおい瞳」自分より小さな子のチョコアイスをとったに違いないと、ふう子を叱るそよ子でしたが…「あの人たちは お母さん じゃない」と泣き続けるふう子。姉たちは「どんな時でも(中略)子どもの味方をする母親とは違う」ことに気づいてしまったふう子でした。そしてそよ子は「妹が 前とはすこし 違った目つきで 自分をみている」のを感じるのでした。
さて、いよいよ最後「No.52 それはパンツではじまった」です。ふう子は、そよ子の不注意で膝小僧に擦り傷を作ってしまいます。田舎の祖父母に会いに行くのに余計な心配はさせられないと、いつものスカートをパンツに替えられてしまいます。それもあってか普段とは違う生き生きとした行動に出るふう子でした。
でも駅に向かう途中でみんなとはぐれてしまいます。うちに帰って待つか、わからないなりに右の道を通って駅に向かうか、少し逡巡するふう子ですが、「冒険にむかう少年のような足どりでふう子は右にむかって走り出した」ところで物語は終わります。
本当の物語はここから始まるのでしょう。新しい冒険に出た後のふう子は本当に変わったのでしょうか? それとも…といろいろなことを考えてしまいます。
終わったぁ、と、本を閉じたそのときから始まる新たな物語、その余韻がいつまでも響くそんなお話です。
書名『いちご時代』1〜3巻
出版社 集英社
1985年 9月30日第一刷発行 1巻
1985年10月30日第一刷発行 2巻
1986年 1月30日第一刷発行 3巻
前作の『ポテト時代』(yonemasu.blogspot.com/2015/05/blog-post_25.html に書きました)の続編として描かれたマンガで、『ポテト時代』では三女のそよ子がヒロインでしたけれど、このマンガは四女の川風ふう子がヒロインです。ふう子の小学校入学の前日から、二年生になった四月まで丸一年のお話です。
三人の姉と父親が家族です。母親は亡くなっています。
以下のページにタイトルとあらすじが載っていました。
http://manpara.sakura.ne.jp/sub-doyobi.htm#top
他人より少しスローな子供のふう子、そよ子さんに言わせると(No.9 いちご狩りの前の日)「トロくたって ぬけてたって」となってしまいます。それなのに No.39 つむぎちゃんは思う では、ほとんどすべてで勝っているはずのつむぎちゃんはこう思うのです。
「あたしはほとんど 勝ってるのにさ 時たま最後の ひとつで負けてる ような気分に なっちゃうのよっ」
それではこれから、印象に残ったお話を取り上げていきます。
まず「No.1 3月の最後の日」です。明日から小学校という日、ふう子は幼稚園にもどりたいと思う。そよ子に言われるままに長い髪を切った後で、「髪の毛 きりたくない」と言い、「母さんと おんなじ髪に もどりたい」と思うのです。
眠らなければ四月はこないのでは、と思いつつ眠ってしまうふう子なのでした。
四月になりいろんな事がありながらも、友だちのつむぎちゃんもでき何とか学校生活を送るのですが……
このつむぎちゃんはなかなかの切れ者なのですが、なぜかトロいふう子と友だちになります。この二人に共通することが出てくるのが、「 No.9 いちご狩りの前の日」です。楽しいことの前には、それを力一杯待ってしまい熱を出してしまうのでした。
肉を食べられなくなったり、女子高生をおばさんと呼んでみたり(別れるときは、おねえちゃんと言っています)といろいろあります。
「No.15 つゆの草」では、「ゆっくりかくのは いけないことなの?」「どうして いつも いそがなくちゃ いけないの?」と先生に尋ねて、答えをもらえませんでした。先生にだって答えはわからなかったのです。
「No.21 真夏の夢から」は高原のペンションにやってきたのはよかったのですが、ひとりほったらかしにされたふう子が、初めて会った少年(?)と丘のぼりをするお話です。「いちばん楽し かった時代に もどりたくて たまらなく なった時 ここの ことも 思いだせる といいね」と、真昼の夢からさめた会社の経営者は、ふう子に言います。
「No. 27 銀のすすきの国」は、町の中では唯一すすきの生えている庭のある家に住んでいる、町一番のお金持ちのおじいさんのお話です。その庭でおじいさんの子どものころの話を聞き、おじいさんと遊ぶふう子とつむぎちゃん、てまりちゃん。最後は、見開きですすきの野原を駆ける少年と、「そちらの 銀のすすきの国は すてきですか?」の問いかけで終わります。
この二つのお話は大人が主人公です。子どもが読んでも面白がるとは思いますが、本当の意味を知るのはもっと大きくなってからでしょう。
「No.40 冬の連想」は、父さんが、雪の朝に思い出す昔のことが描かれています。もしあの日雪が降らなかったなら、自分はどんな人生を歩いていたのだろうかと。この手の話は暗くしようとすればいくらでも暗くなるのですが、それを感傷に留めているのは、終わりのほうに出てくるふう子ではないでしょうか。
「No.24 にげる少女」「No.25 まちがい」は続きになっています。なにかから逃げるふう子、先生の言葉からそれに気づきふう子に「あんたは3つもまちがいをおかしている!」と説教をするそよ子。さて、ふう子はいくらお小遣いをもらえることになったのでしょう。
涙なしに読めなかったのが「No.45 2月の雨」でした。車にはねられて亡くなった女の子のお話です。「即死だったので(中略)あの子の眼にやきついたものは 一面にゆれる 色とりどりの 大好きなアネモネの花だったのに ちがいない」
「No.46 路上にて」「No.47 すこしとおい瞳」自分より小さな子のチョコアイスをとったに違いないと、ふう子を叱るそよ子でしたが…「あの人たちは お母さん じゃない」と泣き続けるふう子。姉たちは「どんな時でも(中略)子どもの味方をする母親とは違う」ことに気づいてしまったふう子でした。そしてそよ子は「妹が 前とはすこし 違った目つきで 自分をみている」のを感じるのでした。
さて、いよいよ最後「No.52 それはパンツではじまった」です。ふう子は、そよ子の不注意で膝小僧に擦り傷を作ってしまいます。田舎の祖父母に会いに行くのに余計な心配はさせられないと、いつものスカートをパンツに替えられてしまいます。それもあってか普段とは違う生き生きとした行動に出るふう子でした。
でも駅に向かう途中でみんなとはぐれてしまいます。うちに帰って待つか、わからないなりに右の道を通って駅に向かうか、少し逡巡するふう子ですが、「冒険にむかう少年のような足どりでふう子は右にむかって走り出した」ところで物語は終わります。
本当の物語はここから始まるのでしょう。新しい冒険に出た後のふう子は本当に変わったのでしょうか? それとも…といろいろなことを考えてしまいます。
終わったぁ、と、本を閉じたそのときから始まる新たな物語、その余韻がいつまでも響くそんなお話です。
書名『いちご時代』1〜3巻
出版社 集英社
1985年 9月30日第一刷発行 1巻
1985年10月30日第一刷発行 2巻
1986年 1月30日第一刷発行 3巻
2011年1月19日水曜日
柳沢きみおの『月とスッポン』
このマンガは1976年半ばから1982年初めまで5年半にわたって週刊少年チャンピオンに連載されたマンガです。この頃は少年チャンピオンの全盛期で以下のマンガが載っていました。水島新司の『ドカベン』、山上たつひこの『がきデカ』、手塚治虫の『ブラックジャック』、石井いさみの『750ライダー』、萩尾望都の『百億の昼と千億の夜』などです。このコーナーでは萩尾望都を取り上げるのがふさわしいのかもしれませんが、ここでは柳沢きみおを取り上げます。
手塚治虫が、少年マンガの手法を少女マンガに取り入れ成功を収めたのは『リボンの騎士』でした。「少女クラブ」版が昭和28年(1953年)1月号から昭和31年(1956年)1月号まででした。このことについては、手塚自身が講談社の「手塚治虫漫画全集」MT86のあとがきに「これは断言できますが、この「少女クラブ」にのった「リボンの騎士」は、日本のストーリー少女漫画の第一号です。」と書いてあります。
手塚による「なかよし」版は1963年1月号から1966年10月号まででした。
では、逆に少年マンガに少女マンガの手法を取り入れたのは誰で、何というマンガだったのでしょうか。
それは柳沢きみおで、『月とスッポン』だと言われています。確かに始まりはギャグマンガでした。でもいつの間にかラブコメへと変化していくのです。花岡世界と土田新一、それを取り巻くクラスメイト、親、弟が繰り広げる人間模様が受け入れられたのでしょう、ずいぶんと長い連載でした。
同じ頃(1974年秋から1980年いっぱい)に連載されていた『がきデカ』は、登場人物は年をとりませんでしたが、このマンガの登場人物はちゃんと年齢を重ねていきます。連載のあいだに新一と世界は中学生から高校生になります。
連載途中のことはわりと覚えていたのですが、最終回は全然覚えていませんでした。
最終回の前の話で、それまでは転勤はいつも土田(父)と花岡(父)が同じところで社宅も隣同士だったのですが、このときは花岡だけが転勤になってしまいます。最終回では、悩んだ末に世界と一緒に引っ越すことに新一は決めるのでした。
出発の日、誰にも告げず立ったふたり(と、たぶん登場はしてないけれど、世界の父親もいるのだろうなぁと思いますが)を思う藤波のコマでマンガは終わっています。
柳沢きみおは『翔んだカップル』を1978年春から、『朱に赤』を1981年から連載しています。これらのマンガは読んだはずなのですが、全然覚えていません。『翔んだカップル』で唯一記憶しているのは、不動産屋が名前だけで山葉圭を男と思い、圭が主人公と同じ屋根の下で暮らすことになるシーンだけです。
少女マンガの手法を取り入れた少年マンガで柳沢きみお以上に人気を得たのは、柳沢きみおのアシスタントをしていた村生ミオとのことですが、この人のマンガは残念なことに読んだことがありません。
書名『月とスッポン』
出版社 秋田書店
昭和52年1月20日(1巻)〜昭和57年4月10日(23巻)初版発行
手塚治虫が、少年マンガの手法を少女マンガに取り入れ成功を収めたのは『リボンの騎士』でした。「少女クラブ」版が昭和28年(1953年)1月号から昭和31年(1956年)1月号まででした。このことについては、手塚自身が講談社の「手塚治虫漫画全集」MT86のあとがきに「これは断言できますが、この「少女クラブ」にのった「リボンの騎士」は、日本のストーリー少女漫画の第一号です。」と書いてあります。
手塚による「なかよし」版は1963年1月号から1966年10月号まででした。
では、逆に少年マンガに少女マンガの手法を取り入れたのは誰で、何というマンガだったのでしょうか。
それは柳沢きみおで、『月とスッポン』だと言われています。確かに始まりはギャグマンガでした。でもいつの間にかラブコメへと変化していくのです。花岡世界と土田新一、それを取り巻くクラスメイト、親、弟が繰り広げる人間模様が受け入れられたのでしょう、ずいぶんと長い連載でした。
同じ頃(1974年秋から1980年いっぱい)に連載されていた『がきデカ』は、登場人物は年をとりませんでしたが、このマンガの登場人物はちゃんと年齢を重ねていきます。連載のあいだに新一と世界は中学生から高校生になります。
連載途中のことはわりと覚えていたのですが、最終回は全然覚えていませんでした。
最終回の前の話で、それまでは転勤はいつも土田(父)と花岡(父)が同じところで社宅も隣同士だったのですが、このときは花岡だけが転勤になってしまいます。最終回では、悩んだ末に世界と一緒に引っ越すことに新一は決めるのでした。
出発の日、誰にも告げず立ったふたり(と、たぶん登場はしてないけれど、世界の父親もいるのだろうなぁと思いますが)を思う藤波のコマでマンガは終わっています。
柳沢きみおは『翔んだカップル』を1978年春から、『朱に赤』を1981年から連載しています。これらのマンガは読んだはずなのですが、全然覚えていません。『翔んだカップル』で唯一記憶しているのは、不動産屋が名前だけで山葉圭を男と思い、圭が主人公と同じ屋根の下で暮らすことになるシーンだけです。
少女マンガの手法を取り入れた少年マンガで柳沢きみお以上に人気を得たのは、柳沢きみおのアシスタントをしていた村生ミオとのことですが、この人のマンガは残念なことに読んだことがありません。
書名『月とスッポン』
出版社 秋田書店
昭和52年1月20日(1巻)〜昭和57年4月10日(23巻)初版発行
2011年1月8日土曜日
ちょっと休憩 カナダ映画『ソナチネ』
カナダ映画と知らずに観ていて、最初はフランス映画かと思ってしまいました。途中で気づきましたが。
思春期のふたりの女の子のお話です。
ストーリーについてはネット上にいろいろ書かれていますので割愛します。
終わりのほうで次のように書いたプラカードを持ってふたりは地下鉄に乗り込みます。
「誰かが止めない限り、わたしたちは自殺します」
でも、薬を飲んで眠るふたりを車内に残し、ストライキに突入した職員たちは持ち場を離れます。車内のふたりを撮して映画は終わります(だったような気がするんですが、20年以上も前に観たので記憶が曖昧です、すみません)。
ネットの映画評に、ウォークマンに触れているものがあります。しかしそれは単なる道具としてしか触れられていないようです。けれど、ウォークマンとプラカードが象徴するものがこの映画の要のように思えるのです。
すなわち、アンビヴァレントな少女の心の象徴としてウォークマンとプラカードが出ていると思ったのです。内向的なものを表すウォークマンと、それでも外界とのつながりを持ちたいとの表れのプラカード。
でも、少女たちはプラカードを持っているだけ、しっかりとイアフォンをして、自分からは外に向かって話しかけようとはしない……。
それから20年、街をゆく人たちはかなりの人が iPhone などを当然のように聴いています。映画が作られ公開されたのはウォークマン発売から5年後、まだウォークマンに意味があったように思えるのですが……。
制作年 1984年
公開年 1986年11月
思春期のふたりの女の子のお話です。
ストーリーについてはネット上にいろいろ書かれていますので割愛します。
終わりのほうで次のように書いたプラカードを持ってふたりは地下鉄に乗り込みます。
「誰かが止めない限り、わたしたちは自殺します」
でも、薬を飲んで眠るふたりを車内に残し、ストライキに突入した職員たちは持ち場を離れます。車内のふたりを撮して映画は終わります(だったような気がするんですが、20年以上も前に観たので記憶が曖昧です、すみません)。
ネットの映画評に、ウォークマンに触れているものがあります。しかしそれは単なる道具としてしか触れられていないようです。けれど、ウォークマンとプラカードが象徴するものがこの映画の要のように思えるのです。
すなわち、アンビヴァレントな少女の心の象徴としてウォークマンとプラカードが出ていると思ったのです。内向的なものを表すウォークマンと、それでも外界とのつながりを持ちたいとの表れのプラカード。
でも、少女たちはプラカードを持っているだけ、しっかりとイアフォンをして、自分からは外に向かって話しかけようとはしない……。
それから20年、街をゆく人たちはかなりの人が iPhone などを当然のように聴いています。映画が作られ公開されたのはウォークマン発売から5年後、まだウォークマンに意味があったように思えるのですが……。
制作年 1984年
公開年 1986年11月
2011年1月6日木曜日
曽祢まさこの『わたしが死んだ夜』
サイコドラマとしては傑作の一つだと思います。たった100ページなのに長編を見せられたようなそんなマンガです。
ストーリーは双子の姉妹の物語なのですが、どちらも勝ち気で互いに相手を憎み合っているというものです。あらすじは以下のページに詳しく載っていました。
http://malon.my.land.to/watasigasindayoru.htm
これはまたずいぶん詳しくて、あらすじというよりほとんどそのままのストーリーでした。これに7ページの「女の子だねえ 鏡にしっと してるんだよ」とのおばあさまの一言が入れば完璧でしょう。
曽祢まさこの作品を見たのはこれが最初でした。カヴァー絵は少女マンガそのものでしたがタイトルに惹かれて買ったのでした。で、ぐいぐいと引きずり込まれたのでした。
読後感は、面白いけど怖いでした。なぜ怖いと思ったのかを考えてみると…
心の闇を突きつけられたからが大きいのでしょう。双子の姉妹の心の動きを見せられて、自分ならどうするかを考えると、いいえ、考えられないというか、考えることを拒否するような気持ちになるのです、双子の片割れでなくてよかったというような。
「あなたはきょうから死んだもおなじ (中略) 少女がそのことばで葬ったのはかの女自身の心だった……」と終わる物語。
でも、それだけにこのマンガは魅力的なのです。ストーリーテラーとして最上の部類に入る人ではないのかと。
さて、このマンガが描かれてから30年以上経ちました。その後、エバは、「事実を認めて強くなって(中略)クレアの分までしあわせをつかまなくては」とエドウィンに言われたように幸せを掴んだのでしょうか、クレアはまだエバのままなのでしょうか、気になるところです。
なお、同時収録の『緋色のマドモアゼル』も面白い作品でした。
曽祢まさこの、このマンガを最初に読んだのは幸いでした。もし、『妖精旅行』を読んでいたら、このマンガも、『幽霊がり』も『不思議の国の千一夜』も読まなかったでしょうから。
書名『わたしが死んだ夜』
出版社 講談社
昭和54年11月5日第1刷発行
ストーリーは双子の姉妹の物語なのですが、どちらも勝ち気で互いに相手を憎み合っているというものです。あらすじは以下のページに詳しく載っていました。
http://malon.my.land.to/watasigasindayoru.htm
これはまたずいぶん詳しくて、あらすじというよりほとんどそのままのストーリーでした。これに7ページの「女の子だねえ 鏡にしっと してるんだよ」とのおばあさまの一言が入れば完璧でしょう。
曽祢まさこの作品を見たのはこれが最初でした。カヴァー絵は少女マンガそのものでしたがタイトルに惹かれて買ったのでした。で、ぐいぐいと引きずり込まれたのでした。
読後感は、面白いけど怖いでした。なぜ怖いと思ったのかを考えてみると…
心の闇を突きつけられたからが大きいのでしょう。双子の姉妹の心の動きを見せられて、自分ならどうするかを考えると、いいえ、考えられないというか、考えることを拒否するような気持ちになるのです、双子の片割れでなくてよかったというような。
「あなたはきょうから死んだもおなじ (中略) 少女がそのことばで葬ったのはかの女自身の心だった……」と終わる物語。
でも、それだけにこのマンガは魅力的なのです。ストーリーテラーとして最上の部類に入る人ではないのかと。
さて、このマンガが描かれてから30年以上経ちました。その後、エバは、「事実を認めて強くなって(中略)クレアの分までしあわせをつかまなくては」とエドウィンに言われたように幸せを掴んだのでしょうか、クレアはまだエバのままなのでしょうか、気になるところです。
なお、同時収録の『緋色のマドモアゼル』も面白い作品でした。
曽祢まさこの、このマンガを最初に読んだのは幸いでした。もし、『妖精旅行』を読んでいたら、このマンガも、『幽霊がり』も『不思議の国の千一夜』も読まなかったでしょうから。
書名『わたしが死んだ夜』
出版社 講談社
昭和54年11月5日第1刷発行
2010年12月28日火曜日
すえつぐなおとの『ゆるして!!ねえちゃん』
このマンガは表紙を見て、ギャグマンガも悪くはないかなぁと買ったものです。タイトルもそれらしいし、と。
一話目と二話目以降では登場人物の顔が違います。二話以降の方が安心してみられます。一話ではどこかで見たような顔なのですが、二話からは個性的な顔になっています。でも絵のことはよくわからないのでこれくらいにします。
ギャグマンガには珍しく時間は普通に流れます。最後にはモモねえちゃんは高校生になって終わっています。はじめは確かにギャグマンガなのです。笑いあり、たまには涙(?)あり、そしてボクちゃんがモモねえちゃんに一矢報いるシーンありなのです。
たとえば、「ひとの虫歯は痛くない!」では、虫歯になったボクちゃんを歯医者に連れて行くモモが、なんとか歯医者にボクちゃんの歯の治療をさせて、うちに帰ってきます、そして今日のおやつはせんべいだといっておやつを独り占め、じつはマシュマロだったとのオチ。
また、「ボクちゃん、殊勲賞!」では、野球をやっているところにきたモモが、無理矢理バッターになり三振してももう一度打たせろと無理を言います、ピッチャーを引き受けたボクちゃんが、みごと一球でモモをのばして仲間から胴上げされるのです。
ところが、モモが中学三年生になったところからマンガががらりと変わるのです。ところどころギャグは残っているものの恋愛マンガになるのです、それもほのぼの恋愛マンガに。可愛くんという同級生が登場して、モモの恋人になり、高校一年の夏休みでマンガは終わります。
もちろんギャグはちゃんと残っています。「ジョギングできたえよう!」「ふたりの写真撮って!」はギャグマンガです。でも、それは薬味のようなものでしかないように思えるのです。えっ、このふたつは連続して載ってるよ、というのは置いておいてください。
ギャグマンガで始まったのにシリアスマンガで終わるというのは珍しくないことです。たとえば、ここで例に挙げるとたたかれそうですが、『めぞん一刻』は始まりはどう見てもギャグマンガではないでしょうか。
なるほどこんなマンガもあるのか、悪くはないなあと思ったのですが、すえつぐなおとはこの一作で消えてしまいます。そんなに評判がよかったわけではなさそうでした。
でも、なにが幸いするかわからないものですねえ、ここで少女マンガ家として成功していたら、のちに流行語にまでなった『オバタリアン』にお目にかかることはなかったわけですから。
書名 『ゆるして!!ねえちゃん』
出版社 創美社
1980年11月30日第1刷発行
(参考)
オバタリアン 竹書房 昭和63年7月20日初版発行
一話目と二話目以降では登場人物の顔が違います。二話以降の方が安心してみられます。一話ではどこかで見たような顔なのですが、二話からは個性的な顔になっています。でも絵のことはよくわからないのでこれくらいにします。
ギャグマンガには珍しく時間は普通に流れます。最後にはモモねえちゃんは高校生になって終わっています。はじめは確かにギャグマンガなのです。笑いあり、たまには涙(?)あり、そしてボクちゃんがモモねえちゃんに一矢報いるシーンありなのです。
たとえば、「ひとの虫歯は痛くない!」では、虫歯になったボクちゃんを歯医者に連れて行くモモが、なんとか歯医者にボクちゃんの歯の治療をさせて、うちに帰ってきます、そして今日のおやつはせんべいだといっておやつを独り占め、じつはマシュマロだったとのオチ。
また、「ボクちゃん、殊勲賞!」では、野球をやっているところにきたモモが、無理矢理バッターになり三振してももう一度打たせろと無理を言います、ピッチャーを引き受けたボクちゃんが、みごと一球でモモをのばして仲間から胴上げされるのです。
ところが、モモが中学三年生になったところからマンガががらりと変わるのです。ところどころギャグは残っているものの恋愛マンガになるのです、それもほのぼの恋愛マンガに。可愛くんという同級生が登場して、モモの恋人になり、高校一年の夏休みでマンガは終わります。
もちろんギャグはちゃんと残っています。「ジョギングできたえよう!」「ふたりの写真撮って!」はギャグマンガです。でも、それは薬味のようなものでしかないように思えるのです。えっ、このふたつは連続して載ってるよ、というのは置いておいてください。
ギャグマンガで始まったのにシリアスマンガで終わるというのは珍しくないことです。たとえば、ここで例に挙げるとたたかれそうですが、『めぞん一刻』は始まりはどう見てもギャグマンガではないでしょうか。
なるほどこんなマンガもあるのか、悪くはないなあと思ったのですが、すえつぐなおとはこの一作で消えてしまいます。そんなに評判がよかったわけではなさそうでした。
でも、なにが幸いするかわからないものですねえ、ここで少女マンガ家として成功していたら、のちに流行語にまでなった『オバタリアン』にお目にかかることはなかったわけですから。
書名 『ゆるして!!ねえちゃん』
出版社 創美社
1980年11月30日第1刷発行
(参考)
オバタリアン 竹書房 昭和63年7月20日初版発行
2010年12月13日月曜日
竹宮恵子の『ジルベスターの星から』
このマンガについてはネットで検索するといろいろなマンガ評が出てきます。屋上屋を架すことになりますが、それでもこの作品は、はずすことができません。
遠い未来、人類はワープ航法を知り、三万光年離れたトルメリウスCD五太陽系第七惑星ジルベスターにも植民をします。そのジルベスターからテレパシー映像で主人公トニオに語りかけてくるジル。
ジルに、『地球(テラ)は今美しい?』と訊かれてぎくっとする主人公。さらに『空は!? 空は見える!?』と訊かれて『ここは地下都市だもん』と答えざるを得ないトニオ。
紆余曲折がありながら、宇宙飛行士になり、すぐにもジルベスターに飛んでいきたいトニオ。しかし美しく若い女性科学者ヴェガの説得で天王星への調査に向かいますが、数ヶ月後にジルベスターへの移民が失敗したとの知らせが入ります。
それから二年後、すべてから手を引き単身ジルベスターに向かうトニオ。そこに待っていたのは、枯渇しきった灰色の大地…、そして現れたジルの幻影は、緑ではないジルベスターの現実を知り、消え去ります。
そのあとコンピューターから吐き出されたジルの日記を読み、ジルの真実、心情を知るのです。そして白いプラネット合金の墓碑に刻まれたリルケの詩
『だれがわたしにいえるだろう
わたしのいのちが
どこへまで届くかを?』
これで話が終わっても何の不思議もないのですが、でもジルベスターの荒廃したありさまだけではこれほど印象に残らなかったはずです。このマンガが見るものを引きつけてやまないのは、最後の一ページがあるからではないでしょうか。
最後のページでヴェガは三万光年を超えてジルのもとへと向かってくるのです! ジルベスターの現実を知りながら、いいえ、知っているからこそ来るのです。『わたしは、なん人なん人も、あなたにジルを、あげようと、決心しました (中略) ひとりがだめなら、そのつぎのジルを たくさん、たくさん、ジルの兄弟を、つくりましょう……』
実はこの最後の一ページを描きたくてこの物語を作ったのではないのか、それほど衝撃的でした。この最後のページは男には描けないのではないかと思わされたものでした。
書名 『ジルベスターの星から』
出版社 朝日ソノラマ
昭和51年6月30日初版発行
マンガ少年別冊 地球へ… 第一部総集編(昭和52年9月1日発行) 171ページ以降にもあります
(蛇足)
さて、このマンガでは男が他の星に行ってしまったのを女が後を追うという構図になっています。それから26年経って、『ふたつのスピカ』では、男女問わず宇宙に出ようとします。そして『ほしのこえ』では地球に残るのが男になるのです。
遠い未来、人類はワープ航法を知り、三万光年離れたトルメリウスCD五太陽系第七惑星ジルベスターにも植民をします。そのジルベスターからテレパシー映像で主人公トニオに語りかけてくるジル。
ジルに、『地球(テラ)は今美しい?』と訊かれてぎくっとする主人公。さらに『空は!? 空は見える!?』と訊かれて『ここは地下都市だもん』と答えざるを得ないトニオ。
紆余曲折がありながら、宇宙飛行士になり、すぐにもジルベスターに飛んでいきたいトニオ。しかし美しく若い女性科学者ヴェガの説得で天王星への調査に向かいますが、数ヶ月後にジルベスターへの移民が失敗したとの知らせが入ります。
それから二年後、すべてから手を引き単身ジルベスターに向かうトニオ。そこに待っていたのは、枯渇しきった灰色の大地…、そして現れたジルの幻影は、緑ではないジルベスターの現実を知り、消え去ります。
そのあとコンピューターから吐き出されたジルの日記を読み、ジルの真実、心情を知るのです。そして白いプラネット合金の墓碑に刻まれたリルケの詩
『だれがわたしにいえるだろう
わたしのいのちが
どこへまで届くかを?』
これで話が終わっても何の不思議もないのですが、でもジルベスターの荒廃したありさまだけではこれほど印象に残らなかったはずです。このマンガが見るものを引きつけてやまないのは、最後の一ページがあるからではないでしょうか。
最後のページでヴェガは三万光年を超えてジルのもとへと向かってくるのです! ジルベスターの現実を知りながら、いいえ、知っているからこそ来るのです。『わたしは、なん人なん人も、あなたにジルを、あげようと、決心しました (中略) ひとりがだめなら、そのつぎのジルを たくさん、たくさん、ジルの兄弟を、つくりましょう……』
実はこの最後の一ページを描きたくてこの物語を作ったのではないのか、それほど衝撃的でした。この最後のページは男には描けないのではないかと思わされたものでした。
書名 『ジルベスターの星から』
出版社 朝日ソノラマ
昭和51年6月30日初版発行
マンガ少年別冊 地球へ… 第一部総集編(昭和52年9月1日発行) 171ページ以降にもあります
(蛇足)
さて、このマンガでは男が他の星に行ってしまったのを女が後を追うという構図になっています。それから26年経って、『ふたつのスピカ』では、男女問わず宇宙に出ようとします。そして『ほしのこえ』では地球に残るのが男になるのです。
2010年12月7日火曜日
やぶうち優の『水色時代』
『「青春」というにはまだ早い、青に染まる途中ということで「水色」のとき』という出だしで始まる『水色時代』、小学校編が三話、中学校編が32話からなる比較的長い物語。
第一話を読んだときに、女の子の物語だからこんな始まり方なのかなあと思いました。これがメインのお話はどこかで読んだなあと思い、ちょっと考えました。吉田としの『あした真奈は』でした(1963年に少女フレンドに連載された読み物で同年に東都書房から、1977年に朝日ソノラマから文庫で出ていました。ネットは便利ですね、いつ出た本かがすぐにわかりますから)。少女フレンドに載ったときには問題作として話題になったようです。
それから30年近くたち、似たようなテーマもどうということもなくなったようです。けれど、この第一話があったからこの長い物語を読もうという気になったのです。でも、このブログを書くために引っ張り出してみたら、みごとに中学時代のことが記憶から抜けていたのでした。それだけ印象に残る始まり方だったようです。
ということで、本当に申し訳ないのですが、もう一度時間を見つけて読み返してから改めて書こうと思います。
書名 『水色時代』第一巻
出版社 小学館
1991年12月20日初版発行
第一話を読んだときに、女の子の物語だからこんな始まり方なのかなあと思いました。これがメインのお話はどこかで読んだなあと思い、ちょっと考えました。吉田としの『あした真奈は』でした(1963年に少女フレンドに連載された読み物で同年に東都書房から、1977年に朝日ソノラマから文庫で出ていました。ネットは便利ですね、いつ出た本かがすぐにわかりますから)。少女フレンドに載ったときには問題作として話題になったようです。
それから30年近くたち、似たようなテーマもどうということもなくなったようです。けれど、この第一話があったからこの長い物語を読もうという気になったのです。でも、このブログを書くために引っ張り出してみたら、みごとに中学時代のことが記憶から抜けていたのでした。それだけ印象に残る始まり方だったようです。
ということで、本当に申し訳ないのですが、もう一度時間を見つけて読み返してから改めて書こうと思います。
書名 『水色時代』第一巻
出版社 小学館
1991年12月20日初版発行
2010年12月5日日曜日
最初は伊東愛子の『たんたんたかゆき』
今の少女マンガを見慣れた人が見たら、つまらないと思うかもしれないけど、味わい深いマンガだと思います。
三歳の甥っ子の日常を描いたマンガで、事件が起こることもない、どこにでもある一コマ一コマ、もちろんそれだけではマンガになりません。その甥を眺める作者の心理が実によいのです。
『大人が子供と同じエネルギーで走りまわったら死んでしまうそうだよ』と母親からいわれより大きなこたえに気づく著者。
それは『おとなになったなら…』『からだでは走れなくなるけれど』『よりたしかな未来へと夢を追って』『心で走るようになる』ということでした。
これを読んだときの驚き、それはまだ若かったころは、心で走るのは若さの特権だと思っていたのが、こんなにも見事にひっくり返されたことによるものでした。
それからだいぶすぎて、旧ソ連の女流画家(名前を忘れてしまいました)の展覧会が県立美術館であったときに観に行ったのですが、若いころの絵は暗いのが多かったのだけど、晩年の絵を観てあっと思いました。明るい絵だったのです、まさに未来を見るような。
そのときこのマンガを思い出したのです。そうか、こういう事なのかと。
このマンガは昭和51年1月号に掲載されていますので、マンガに出てくるオイルショックは1973年のものですね、トイレットペーパーが店先から消えたという。
書名『たんたんたかゆき』
出版社 朝日ソノラマ
昭和54年3月5日初版発行
三歳の甥っ子の日常を描いたマンガで、事件が起こることもない、どこにでもある一コマ一コマ、もちろんそれだけではマンガになりません。その甥を眺める作者の心理が実によいのです。
『大人が子供と同じエネルギーで走りまわったら死んでしまうそうだよ』と母親からいわれより大きなこたえに気づく著者。
それは『おとなになったなら…』『からだでは走れなくなるけれど』『よりたしかな未来へと夢を追って』『心で走るようになる』ということでした。
これを読んだときの驚き、それはまだ若かったころは、心で走るのは若さの特権だと思っていたのが、こんなにも見事にひっくり返されたことによるものでした。
それからだいぶすぎて、旧ソ連の女流画家(名前を忘れてしまいました)の展覧会が県立美術館であったときに観に行ったのですが、若いころの絵は暗いのが多かったのだけど、晩年の絵を観てあっと思いました。明るい絵だったのです、まさに未来を見るような。
そのときこのマンガを思い出したのです。そうか、こういう事なのかと。
このマンガは昭和51年1月号に掲載されていますので、マンガに出てくるオイルショックは1973年のものですね、トイレットペーパーが店先から消えたという。
書名『たんたんたかゆき』
出版社 朝日ソノラマ
昭和54年3月5日初版発行
はじめまして
'70年代から '90年代にかけての印象に残っているマンガについて少し書いてみたくこのようなタイトルにしました。おもに '80年代になるかとは思いますが。
'70年代といえば少女マンガでは花の24年組が頭角を現した時期であり、少年マンガでは週刊少年ジャンプやチャンピオンが一時代を築いたように記憶しています。
でも、リアルタイムで見ていたマンガは多くはなくてサンリオの『リリカ』と小学館で出していた『プチフラワー』ぐらいでした。それ以外は単行本になってから見ていました。そのマンガもずいぶんと偏りがあり、とても(少女)マンガファンと呼べるようなものではありませんでした。それでもあの頃のマンガを思い出すとなんとなくほっとするのです。
萩尾望都の『ポーの一族』に引き込まれ、山岸凉子の『アラベスク』『日出処の天子』にどきどきしたものです。また、樹村みのりの『菜の花畑』シリーズにも心惹かれました。残念なことにいわゆるロマコメは見ていません、くらもちふさこや岩館真理子は名前しか知りませんでした。
そんなとてもマンガファンともいえないのですが、心に残っているマンガについてあれこれ書いていきたいと思っています。
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