2020年4月19日日曜日

高橋留美子の『人魚』シリーズから『夢の終わり』

 内容少しを書き換えました。以前のものと差し替えます。

 今でこそ少年マンガを描く女性マンガ家は珍しくありません。たとえば荒川弘や桜井のりおがいます。しかし、前にも書きましたが、高橋留美子や柴門ふみがデビューした1970年代の終わりごろはそうではありませんでした。

 『人魚シリーズ』は1984年から描かれたシリーズです。このころ作者は、少年サンデーに『うる星やつら』を、ビッグコミックスピリッツに『めぞん一刻』を描いています。『うる星やつら』はギャグマンガで、『めぞん一刻』は途中からはシリアス系の恋愛マンガになっていきますが、笑いがあちこちにあります。一方、同じ頃に描かれたこのシリーズには笑いが一切ありません。

 このシリーズの下敷きになっているのは人魚の肉を食べて八百歳まで生きたという「八百比丘尼」の伝説です。手塚治虫の『火の鳥・異形編』には、八百比丘尼その人が登場しています。このマンガでは八百比丘尼は人魚の肉は食べていませんが。
 高橋留美子のマンガには八百比丘尼は出てきませんが、人魚の肉を食べる場面があります。

 人魚の肉を食べて不老不死になった湧太と真魚(まな)が主役なのでしょうか。湧太は五百年も前に、真魚は現代に人魚の肉を食べて不老不死になります。真魚は食べさせられてといったほうがいいのでしょうが。
 多くはこの二人を巡る話なのですが、二人は狂言回しのようです。

 さて、このシリーズから『夢の終わり』について少し見てみようと思います。
 登場するのは湧太と真魚、大眼(おおまなこ)とよばれる化け物とそれを狙う年老いた猟師の四人です。
 山奥で血塗れになって倒れている湧太と真魚、う…と呻き声の真魚、それをみる大眼から話が始まります。
 死んでいると思い湧太を弔おうとする猟師ですが、生き返る湧太に驚いてしまいます。猟師から、倒れていたのは湧太だけと知らされ、女は大眼に食い殺されとると云われます。
 一方、真魚は化け物に拾われたのですが、この化け物は人間の言葉がわかり、話すこともできるのです。真魚に、昔人魚の肉を食ったこと、気がついたらこのような姿になり、村人を全滅させたこと、それ以後ずっとひとりぼっちなことを話します。
 真魚を捜しに出る湧太です。猟師から、大眼を倒すには首を打ち落とすしかないと聞かされ、"なりそこない"ではと思うのですが……。
 大眼はあるときには理性を失い、なりそこないとなってしまいます。
 湧太と猟師は一緒にいる真魚と大眼を見つけます。真魚を連れて抜け穴へと逃げる大眼ですが、26ページから27ページにかけての大眼の心の変化は観るものを引きつけます。真魚は大眼に自分たちと一緒に来るように言いますが、猟師は言います、「そいつは化け物だ 生かしておいちゃならねえんだ」と。穴の中には無数の人骨があります。大眼は「頭がぼ…っとじて…わげが…わがんねぐなるときがある…」と涙を流してつぶやきます。その時、猟師の発砲で大眼は理性を失います。理性を失いなりそこないとなった大眼は真魚をも投げ飛ばす大暴れをして、最後は湧太にやられてしまいます。いまわの際に理性を取り戻し、真魚の名を呼んで息絶えます。
 終わりのページは「最期に人間に戻れたんだ。 ゆっくり眠れ。 もう悪い夢は終わった…」となっています。

 このシリーズでは『夢の終わり』は32ページと一番短い話ですが、終わりに唯一の救いがあるように思えるのです。救いと言うには余りにも哀しいのですが。
 このシリーズには笑いがありません、徹頭徹尾哀しみしかありません。湧太の一人で生きてきた五百年、『人魚の傷』の真人の八百年の日々、楽しいことがあったかもしれませんが、それは生きることのつらさの陰に隠れてしまいます。
 不老不死は、秦の始皇帝を持ち出すまでもなく、昔から人間の憧れでした。しかし不死なのが自分だけで、まわりがどんどん変わっていくのにどの程度耐えられるのでしょう。浦島太郎は玉手箱を開けて現実を知ります。浦島との違いは、裕太たちは変わっていく様子を見ていることです。人は孤独にどの程度耐えられる、あるいは馴れるものなのでしょうか。湧太は真魚と一緒に生きていくことで互いに癒されることでしょう。
 首を刎ねられると死んでしまうということは二人とも知っています。それでも湧太は何度も生きることを選びます。真魚も生きることに拘ります。これは何故なのでしょう。生あるものが生に拘るのは当然なのでしょうか。
 この二人に終わりの日は来るのでしょうか、その時に二人は…などと考えるとちょっと怖くもなります。

 人魚というと、アンデルセンや小川未明を思い浮かべますが、古くから伝わっている伝説もあることを教えてくれるマンガです。前にも書きましたがこのマンガには八百比丘尼の名前は出てきませんが、八百比丘尼についてはネットで探すと詳しく出てきます。

 今回読み返してみて、萩尾望都の『ポーの一族』シリーズを思い起こしていました。吸血鬼と人魚というどちらも永遠の時を生きるもの同士が出会えばどういうお話になるのでしょうか。


 タイトル『夢の終わり』
 書名『人魚の傷』
 出版社 小学館 るーみっくわーるどスペシャル
 1993年1月15日初版第一刷発行