2015年6月29日月曜日

竜巻竜次の『ザ・タックスマン』と『TAKE IT EASY』


 この作者は主に1980年代に活躍したのですが、代表作と云われると何を挙げようかと考えてしまいます。

 初めてみたのは1978年6月号の「マンガ少年」に載っていた『不惑(まどわず)』です。『ザ・タックスマン』の最初に載っています。間もなく不惑という男の教師浅田が母校に赴任するところから話が始まります。普通の進学校のはずなのですが、少し様子が違います。生徒は言うに及ばず、教師までが何かのコスチュームでパフォーマンスをするのです。浅田は生徒に向かって「貴様らは学校を何とこころえとる!!」と叫ぶのですが、逆に生徒に突っ込まれてしまいます。
 夜、かつての教え子の三井先生に誘われて飲みに行きます。「実は…」と何か言いかける三井ですが、トローンとした浅田を見て「出ましょうか…」と言って店を出ます。
 次の日、朝礼のときに浅田はロックンロールの衣装を着て登場して、「浅田常男スーパースター」と決めるのですが、満場はシーンとしているだけです。浅田が三井に尋ねると「普通の進学校でして---でも時たま息抜きにシャレなんか(中略)先生の赴任とも重なったし歓迎の意もこめて…」と言われます。校庭に残される浅田と三井。「ゆうべ僕がお話しするはずだったんですが…」と言う三井。浅田は三井に音楽をかけさせ、最後のページは一齣だけ、校舎の俯瞰に豆粒ほどの大きさで Rock around the Clock を歌う浅田で終わっています。
 受験戦争を闘う生徒と教師をこのように皮肉をこめて、さらにはユーモラスに描けるとは。とても23歳が描いたマンガとは思えません。37年前のマンガなのですが、今でも十分に通用すると思います。

 1980年には『天使の日』(『ザ・タックスマン』に収載)で再デビューをして、『地球防衛論』(『福の神襲来!!』に収載)を描いています。『地球防衛論』は安永航一郎の『県立地球防衛軍』に先立つこと三年です。今回読み返してみて、たった三人の防衛軍で、他の防衛軍と渡り合う(?)そのスケールに感心しました、それも衛星軌道で。宇宙が出てくるところはすごいのですが、最後のページには笑ってしまいます、しっかりギャグマンガなのです。

 『TAKE IT EASY』は最後の単行本のようです。四ページでひとまとまりになっていますが、特にタイトルはありません。「ある中一直線」のTシャツを着た作者が主役のものだけは六ページです。飲んべえの心理を実に上手く表しています。
 以下、気に入った作の紹介を。
 15ページからの年末進行についてのお話。一月発売の本にサンタクロースの話をしつこく三回書いて、最後に大きな袋を出して、七福神を出すというオチ(実際には四人しか描かれていませんが)。これには笑ってしまいました。
 31ページに携帯電話が出てきていますが、いまのケータイから見たら考えられないほどの大きさです。携帯電話の進化がよくわかります。
 39ページから42ページには成人式が描かれています。39ページの小学生のセリフ「俺達 悪い時代に生まれたよな―」「あと十年はこーゆー状態が続くんだもんな―」には、考えさせられます。小学生が勉強勉強と追い立てられるのを嘆いているのですが、今から見ればこの時から12年経って、大学を出ても就職難でさらに大変なことになるとは、この時は誰一人として思ってもいなかったでしょう。42ページの最後のマンガは「このままで行けば選挙権のある事忘れてくれるんじゃ…」と黒塗りの男のセリフがあります。来年の参議院選挙から18歳以上の選挙権が認められますが、さて投票率はどのくらいになるのでしょうか。
 103ページからはペットのお話です。露店のひよこが大きくなってと友達に相談する男、家に帰ってから鶏にはなっていない大きくなったひよこの前で悩む男。「はいずり物(ヘビやトカゲ)がブームだと聞くが… お前んとこまではいずり物飼ってるとはなー」と言う作者(だと思います)「…うちの長男だ」とLDKのキッチンから嫌な顔をして答える父親。這っている赤ん坊が描かれています。自分に関係のない赤ん坊が可愛いかどうか、これは難しいところです。
 馬(と競馬)の話が八話もあります。父と高校教師の長男と高校生の娘が出てくる話が多いのですが、なかなかに笑わせてくれます。

 最初にも書きましたがこれはと云った作品のないのが惜しまれます。どれも水準は超えているのですが、強いて挙げるとすれば、『地球防衛論』でしょうか。「世界各国に地球防衛隊があって その数500とも600ともいわれている」もののひとつがこの「神戸垂水星ヶ丘地球防衛隊」なのですが、さまざまなことについてのギャップの大きさがギャグになっています。

 ギャグ漫画家は長持ちしないというのは一面では真実のようです。

 なお、作者はペンネームとは逆に女性です。マンガ少年の「不惑」の柱に本名が書いてあります。


 書名『ザ・タックスマン』
 出版社 東京三世社
 1982年4月10日初版発行

 書名『福の神襲来!!』
 出版社 東京三世社
 1985年11月20日初版発行

 書名『TAKE IT EASY』
 出版社 チャンネルゼロ
 1993年4月20日第一刷発行

2015年6月15日月曜日

吾妻ひでおの『不条理日記』


 ここ十年ほどは『失踪日記』や『アル中病棟』などで話題になっている作者ですが、『オリンポスのポロン』や『おしゃべりラブ』と云った少女マンガも描いています。ここでは、吾妻ひでおの代表作の『不条理日記』を取り上げます。

 このマンガは「奇想天外」の昭和53年12月別冊(下記のホームページには立志編とあります。奇想天外社からの昭和54年版には名前は付いていません)および昭和54年11月号に載ったものと、「劇画アリス」に昭和54年に載った五話とからなる物語です。「劇画アリス」については Wikipedia に項目があり、自動販売機で売られていた雑誌のようです。

 このマンガは元ネタがわからないと何だろうというのが多いのですが、知らなくても笑えます。ネットで探してみると TomePage の http://www.lares.dti.ne.jp/~hisadome/unreason.html (『不条理日記』元ネタ一覧)と
青年人外協力隊の http://www.asahi-net.or.jp/~ft1t-ocai/jgk/Misc/azuma.html (吾妻ひでお、不条理日記の謎)がありました。
 また、『不条理日記』元ネタ一覧の参考文献に挙げられている「むしゅーせー影穴編「新不条理解析」、奇想天外臨時増刊号・吾妻ひでお大全集、pp.103-120、昭和56 年5月15日発行」にはより詳しく載っています。

 まずは立志編(双葉社の『Hideo Collection 4 天界の宴』にある『不条理日記』に立志編とあります)から
 「酒を飲む」最初の齣は自分の将来を予見しているようで、現在からみると怖いし悲しくもなります。
 「健忘症になる」最初の齣の「ヤンボーニンボーケンボー」はNHKラジオの「ヤン坊ニン坊トン坊」からとったものでしょう。1957年3月31日まで放送されているので、1950年2月生まれの作者は聞いていて記憶にあったのでしょう。
 「ヘビがちょっと通らせてくださいと言って来る」出典不明とのことですが、長いヘビの話は民話にありそうな気がします。これを読んで真っ先に思ったことは、こんなに長いヘビ(通り抜けるのにどのくらいの時間がかかっているのでしょうか)がどうやって身体をおってお礼を言ったのかなと云うことです。
 「気がつくとぼくらはとじ込められていた」一日あれば充分に汚せるとは思うんですけど、閉じこめられた系でなければ。これだけのものをどうやって手に入れたのかなぁと。

 しっぷーどとー編
 扉絵は「2001年宇宙の旅」のパロディーなのですが、ガラスを引っ掻いてキキーという音を出しています。左の人は宇宙服のヘルメットの上から耳を覆っています。なぜ媒体がないのに音が聞こえるのかはこの際どうでもいいでしょう。
 最後の齣は「うちの奥さんこの本見てないだろうな~」と言っている後ろ向きの作者の絵と出刃包丁を持った女の人の影と、畳を持ち上げて覗いているナハハ(吾妻ひでおのマンガによく出てくる人物です)で終わっています。開け放たれた縁側の向こうでは松の木でセミが鳴いています。このセミ、眼からみると作者のようにも見えるのですが……。

 回転編
 前二作とは違って、ストーリー性があります。「○月×日破滅の日が来る」から話が始まります。主役は作者です。といっても夢をみているようなあやふやな物語ですけれど。最後のページではZライトの光を浴びて巨大化した飼い猫に食べられてしまいます。胃の中で猫の餌を掠めてブクブク太る作者、そこに奥さんも食べられて入ってきますが、奥さんさえ食べてさらに大きく太ってしまうところで終わっています。
 魚や鯨に呑まれる話は旧約聖書やピノキオにもあり、世界各地の民話にもあるようですが、共通点は当然のことですが、丸呑みにされることです。猫に飲み込まれるのは、ザラザラした舌でかなり悲惨なことになりそうです。

 帰還編
 11編の掌編からなっています。印象に残るものから少し。
 「親父を殺しにいく」ふつうにSFならばタイムパラドックスになるはずなのですが、ごく当たり前に現在になっています。そして返り討ちにあって川を流れる作者。親父の声が……「また来年こいばいいからなー」
 「★★と☆☆☆☆する」星鶴にまでちょっかいを掛ける作者と星新一の「おーい、でてこーい」の結末のように空から降ってくるたくさんの星鶴、その中の一羽はおかっぱ頭です。これを見て星新一はどう思ったのでしょうか。

 この後に、「永遠編」「転生編」さらにかなり毛色の異なる「SF大会編」と続くのですが、紹介はとりあえずここまでにします。

 『不条理日記』はマンガ史に残る作品ですが、その後の吾妻ひでおを現在から見ると、まだ若いのに燃え尽きてしまったように見えてしまいます。


 書名『不条理日記』
 出版社 奇想天外社
 昭和54年12月25日初版発行

 書名『Hideo Collection 4 天界の宴』
 出版社 双葉社
 昭和60年2月19日第一刷発行