2011年10月25日火曜日

COCO の『異形たちによると世界は…』

 今回は、今年発行された新しいマンガを取り上げます。この人はブログでマンガを描いていますが、初めて読んだのは出版された『今日の早川さん』です。SFの博覧強記には驚かされました。

 表題のマンガは、H.P.ラヴクラフトのクトゥルー神話を換骨奪胎した4コママンガと、3〜7ページの短編で作られています。帯には、「もしも、怖ろしいクトゥルーの邪神たちが実はかわいい女の子だったとしたら?」との惹句があります。

 ラヴクラフトは文庫本で1, 2冊読んだだけで、それもずいぶん前のことでした。それほどの興味も湧かずにそれでおしまいになってしまいました。著者後書きに、登場する者の発音は指定されていないというようなことが書いてあったような気がします。Cthulhuをどう発音するかですが、その本にはクトゥルフとあったように思います。
 ラヴクラフトに興味がなかったにしては、諸星大二郎のマンガはずいぶん読みましたけれど。

 短編はシリアスが主ですが、4コママンガは基本的にはギャグマンガと言っていいと思います。
 4コマは続き物が多いのですが、クトゥルーのキャラクターが作者なりの解釈で登場します。妙に怖い(?)のが15ページ目の「重ね合わせの猫」でした。シュレディンガーの猫の話ですが、4コマ目で、顔中に冷や汗をかきながら、ナイアルラトホテップとティンダロスは何を見たのでしょうか、気になります。

 短編では「庭の片隅で眠るもの」を面白く読みました。珠恵が庭で見つけた、カエルに似た生き物ツァトゥグァの話です。ツァトゥグァは人から見たら長命の生き物です。珠恵は成長するにつれて、ツァトゥグァを忘れます。家を出て行った珠恵ですが、出戻ってきます、ツァトゥグァに初めて出会ったときぐらいの女の子を連れて。
 その子がツァトゥグァに気づきます。「おかーさん、変なカエルがいるよ」「そういえばお母さんが小さい頃にも、いつもここにこんなカエルがいたのよ。懐かしいなあ」
 最後のコマは「きみきみ、あのときの カエルくんじゃないよね?」と云う珠恵の呼びかけと 「…もうしばらく、ここにいるとするか」と云うツァトゥグァの心のつぶやきです。
 最後のコマの珠恵は、少し前のコマとは違って、生き生きとして見えます。娘と同じ歳のようにも見えます。きっとここではよい生活を送れそうに思えてきます。

 このマンガは面白く読みましたが、もう一度ラヴクラフトを読もうとは思いませんでした。ラヴクラフトが高い山か深い池かわかりませんが、その周辺をうろうろしているのがわたしには似合っているのでしょう。


 書名『異形たちによると世界は…』
 出版社 早川書房
 2011年7月20日 初版印刷
 2011年7月25日 初版発行

2011年10月13日木曜日

矢代まさこの『シークレット・ラブ』

 これは41年前のマンガです。1970年に描かれたものです。ですけれども、単行本の出版年から見ると、このマンガを読んだのは早くても1978年だと思います。

 「きいてください わたしの初恋の物語 けれどききおえたあとで あなたの健康なほおを さげすみの笑いでゆがめないでください」と始まる物語、まさに「秘められた恋」の物語です。デラックス・マーガレットに載ったものですが、この当時、このようなマンガを載せたことには敬服します。

 以下にストーリーを簡単に記します。

 登場するのは、わたし敦(敦子)、冬子、そして冬子のいとこの牧夫です。わたしと冬子は高校一年生です。
 わたしは冬子を親友だと思っています。冬子のことは、何だってわかっているのですから。わたしは、プレゼントしたショールに包まれた冬子を絵に描こうとします。
 体の弱いわたしは、病院で手に怪我をした男の人から、外科の診療室の場所を訊ねられます。数日経って、その男の人に街で出会います。内田牧夫と名乗り、カメラマンの卵で、イメージにぴったりだからわたしを撮りたいと言いますが、きっぱり断ります。

 冬子のところで、冬子をモデルに絵を描いているところに、牧夫さんが来ます。牧夫さんは冬子のいとこだったのです。冬子を撮ると言って、わたしも撮っているのに気づいたわたしは、興奮して、貧血を起こして倒れてしまいます。
 「ほかの男の子は らんぼうで 子供っぽくて うすぎたない けどね 牧夫さんは ちがうわ」と冬子に言われます。その時から自分の冬子への友情をうたがいはじめます。
 翌日、病院で牧夫さんに会ったわたしは公園で牧夫さんと話します。話していて気づきます、ほんの少し深い友情だと思っていた冬子への感情は、実は恋なのではなかったのかと。

 冬休み中には冬子に会うことを避けますが、休みが明けて再び冬子を描くために冬子のもとに行きます。しばらく来なかったことを気遣う冬子。
 冬子から牧夫さんの気持ちを訊いてほしいと頼まれて、わたしは自分に云いきかせます。「牧夫さんに やきもち やいたり しないわ 気の弱い 冬子の気持ちを 彼に伝えて あげるわ それが ふつうの 友情なん だわ」と。

 牧夫さんに会って冬子の想いを伝えますが、牧夫さんが好きなのはわたしだと言うのです。冬子を牧夫さんに取られるのでは、との恐れはなくなりましたが…。
 化学室の掃除当番の冬子に、どのように伝えようかと悩むわたしですが、冬子は牧夫さんからの電話で牧夫さんの気持ちを知っていました。わたしは自分の気持ちを冬子に伝えられません。
 二人の間で硫酸の瓶が割れて、わたしは足に硫酸を浴びます。

 それから一週間、冬子は訪ねてきません、ふと窓を見ると手紙が挟んであります。冬子からの手紙です。それを読んで、わたしはすぐに牧夫さんに電話をします、「冬子は…… 死ぬかもしれない!」と。
 海辺で冬子を見つけますが、ふたりの前で冬子は岩から海に身を投げます。慌てて海に飛び込み冬子を助ける牧夫さん。その様子を見つめながらわたしは考えます。
 「冬子に恋したりしなければ(中略)あんな誤解は……こんな事件はおこらなかったんだわ」「冬子のそばから去らなければ…」と。

 最後の齣はショールに包まれ微笑む冬子の絵と、「病的に潔癖な少女の異性をいみきらう 感情がうらがえしにされつくられたエピソード それがわたしの初恋だったのかもしれません 冬子は今もキャンバスの中で愛らしく ほほえんでいますけれど……」との敦子のモノローグで終わります。

 このマンガについて作者は“エス”の世界を描きたかったんだけど…と言っているようですが、なんか違うような気がしました。吉屋信子は読んだことはありませんが、エスで真っ先に思い浮かぶのは、ペギー葉山の学生時代の三番の歌詞です。吉屋信子の世界は、そんなにきれいじゃないよと言われれば、なにも言えませんが。
 このマンガでは、登場する三人の想いが、見事に三角形を描いています。そして、矢印は常に一方方向なのです。冬子と牧夫の想いは敦子にはわかっています。でも、自分の想いは誰にも知られてはいけない、と敦子自身は思っています。そのために敦子は街を離れることになるのですが。
 16歳で初恋は遅いと思いましたが、恋だと気づいたのがその時で、そのずうっと前から恋していたのならと、納得できました。
 今のマンガなら、敦子の葛藤はほとんど描かなくても成り立つのかもしれません、それがいいことなのかどうかはわかりませんけれども。

 このマンガを冬子の眼から見た物語として描けば、どんな話になるのでしょうか、興味のあるところです。


 書名『シークレット・ラブ』
 出版社 朝日ソノラマ サンコミックス SCM-473
 出版年 昭和53年4月20日初版発行

 矢代まさこを扱った blog では
 http://blog.goo.ne.jp/luca401/e/92ef3476d56e5447ced8ab3ade35bcef
を面白く読ませてもらいました。