2017年11月3日金曜日

北原文野の『夢の果て』


 作者のPシリーズの最初がこの『夢の果て』の「ひとりトランプ」です。『夢の果て』は全六巻のシリーズです。わたしが初めて見たPシリーズは「WINGS」を見ていませんでしたので、「プチフラワー」の『L6 外を夢みて』でした。

 Pとは 地上が放射能で汚染され、人間が地下都市に逃れて生きる未来の地球…。超能力者は、混乱させる者 (Perplexer) 略してPと呼ばれ、恐れられていた…。
 これは二ページの最初にある説明です。

 各巻に副題がついています。前半三巻と後半三巻では少し構成が違っています。後半は副題と構成が一対一に対応していますが、前半は副題よりかなり細かい構成になっています。

 超能力者を恐れ迫害する普通の人間と超能力者のことを描いたマンガです。戦いというよりは一方的な迫害と、それから逃れようとする超能力者と云ったところでしょうか。戦いは六巻だけでしょう。
 始まりは自分の子供スロウがPと知って苦悩する母親です。小さな弟サモスに暗示をかけて捨てて、母親はスロウを殺して自殺しようとするのですが、スロウは命を取り留めます。以下、スロウと彼を巡る人たちの話です。サモスがPなのは一巻の200ページでわかります。
 六巻の半ばから、Pと人間の戦いが始まります。終わりは、放射線の少ない地上で生活する超能力者達です。でもそこにはスロウはいません。サモスはスロウと二年半を過ごしたトゥリオに兄のことを聞くところで話は終わります。

 長い話の中で印象に残っている場面を少し書いてみます。
 三巻69ページの、警部の娘で大人になってからPになったヘレンのいまわの際の言葉、
 「生まれた時から"P"の人もいれば あたしみたいに途中から"P"になる人もいる…… それをどうして人間とPと分けられるっていうの……?」
 このマンガでは生まれながらのPもいれば後天的にPになる人間のいることで話が複雑になっています。

 四巻96ページにゲオルグIII世が出てきて、亡くなったゲオルグI世の葬儀を執り行っています。III世は非常に重要な人物です。五巻3ページに祖母が登場します。ゲオルグI世の妻で、透視のできるPです。
 同じ巻の179ページにはクァナが登場します。名前が出てくるのは193ページです。同じ作者の『クァナの宴』の主役です。III世の甥です。

 五巻76ページには「お母さんは どんな子でもいとしく思っているんだよ……」と助けたPの子供に言って、はっとするスロウです。悩んだ末に無理心中をしようとしたのでは、との母の思いに気づくのです。

 六巻131ページにはゲオルグIII世がPであることが描かれています。テレポートで姿が消えます。134ページ以下で、彼が高い能力の超能力者であることがわかります。
 147ページでスロウからなぜPを狩り、Pを利用するのかと訊かれ「わたしは頂上に立つのが好きでね……」と答えるIII世です。

 SFではよくある普通の人間と超能力者の戦いがテーマなのですが、それが最後にひっくり返るとは……と云ったところでしょうか。
 ゲオルグIII世がPなのが明らかになるところまでは、Pと人間との戦いかなと思わせておいて、実はそうではなかったという。祖母がPなのは五巻の最初に出てくるのですが、そこからIII世もPだと分かれというのは無理でしょう。
 自分が支配者の頂点に立ち、すべてを自分のものにするという野望を抱くIII世です。人間もPも嫌いだというIII世に、「それでは(中略)ずっとひとりで生きていかなくちゃならない」と言うスロウに激高するIII世です。 
 その後に、III世の口から自身が親から引き離され、妹のイリィと二人で生きていくことを強いられたことが語られています。

 甥のクァナについては、『クァナの宴』で作者は様々なことを描いています。この物語が途中で終わってしまったのは残念です。
 III世の行動は決して肯定されるものではないでしょうが、そこに至る心の動き、幼少期の暮らし、そういったものがあれば読んでみたいと思ったものです。愛してくれるもの、愛するものすべてを失ったというIII世の心情を知りたいものです。
 頂点に立とうとするIII世ですが、再建される新都市で彼の野望は達成されるのでしょうか? Pが生まれつきのものなら子供のうちに洗脳は可能でしょうが、ある日突然Pになる大人がいるとしたなら、超能力を隠し、磨いて、III世に叛旗を翻すものも出そうです。III世ならそのへんも考えているでしょうが。

 タイトルの“夢”というのはPの見る争いのない世界なのでしょうか。ゲオルグIII世の夢なら怖いなぁと。


 書名 『夢の果て』 1~6巻
 出版社 新書館 WINGS COMICS
 1986年3月5日初版発行 第1巻
 ……
 1991年6月10日初版発行 第6巻

 第4巻から消費税3%がかかっています。