2020年2月12日水曜日

高野文子の『絶対安全剃刀』


 高野文子は寡作のマンガ家です。Wikipedia を見るとデビューから40年以上なのに七冊しか本が出ていません。それでもマンガ界に与えた影響は大きいようです。

 この『絶対安全剃刀』は200ページ弱で17の短編が入っています。4ページから20ページまで長さはいろいろです。帯には?と!が三つ書かれていて「?の数は年の数。!の数は心の柔軟度。」とあります。
 その中からいくつかを取り上げます。

 まず『田辺のつる』からです。なぜこれが最初かといいますと、このマンガは心に残るといいますか、妙に記憶に残っているからです。
 ボケ(認知症?)の始まったおばあちゃんの日常のお話です。
 マンガの中では、おばあちゃんは「きいちのぬり絵」の女の子のように描かれています。おばあちゃんの心象としては女の子なのでしょう。おばあちゃん以外は普通の人物です。おばあちゃんは孫の女子高生にはいやがられているようです。孫のボーイフレンドとのちぐはぐな会話に代表されるように、どこかすれ違うおばあちゃんと家族の会話があります。最後の齣については、夏目房之助が驚嘆したとか、Wikipedia にあります。
 実はこの短編集の中のマンガではっきり覚えているのはこのマンガだけだったのです。年取ってから自分の居場所が無くなるというか、見つけられないという読む側の焦燥感というかそんな妙な気持ちです。
 おばあちゃんを五歳くらいの女の子に描くと云う手法には驚きます。でもこれには二重の意味があると思います。このマンガが印象に残ったのは、巷間にいわれている「子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの」を文字通り絵にしたのではと思ったからです。子供として描かれている82歳のおばあちゃんには違和感がありません。
 老人問題は永遠のテーマなのでしょう。このマンガは40年前に描かれていますが、今でも充分に通用する内容です。

 次は『アネサとオジ』、『いこいの宿』を取り上げます。Wikipedia によりますと、このシリーズはあと二作あるが単行本には入っていないとのことです。
 『アネサとオジ』では、アネサは弟のオジをいじめます。何とか対抗しようとするオジですがことごとく成功しません。ところが、「歩きながら本を読むとは本を読みながらものを食いそれでもたりずにしゃべるとは…!」とオジが普通にしているのに驚かれ「それいらいアネサはオジを師とあおぐようになりました」で終わっています。普通と普通でないことの境界はどこなのでしょうね。このマンガはセリフも地の文も手書き文字です。
 『いこいの宿』は内容については Wikipedia の『絶対安全剃刀』の項を見てください。最後の齣で、青年から貰った“希望”と云う名の人形を身体の前面におんぶ紐でおんぶしているアネサとオジが家の前に佇んでいる場面で終わっています。確かにいわゆる少女マンガのパロディーが多いとは思いますがそれだけでもないのかなぁと。

 最後に『絶対安全剃刀』についてですが、実は今回読み返してみるまでは内容はすっかり忘れていたのです。で、何か書こうかとも思ったのですが、止めておきます。

 このようなマンガは読み終えたあとで、あぁ面白かったと本を閉じるよりは、妙に疲れます。それでも止められませんが。


 書名『絶対安全剃刀 高野文子作品集』
 出版社 白泉社
 昭和57年1月19日初版発行