2019年7月31日水曜日

萩尾望都の『小夜の縫うゆかた』


 全国的に梅雨も明け、暑い日々が続いています。そこでゆかたのマンガを取り上げます。
 ずいぶん古いマンガです。ネットでもストーリーは載っていますが、念のために書いておきます。
 中学二年の小夜はゆかたを作ります。一昨年、母が買った赤とんぼ模様の布地を使って。子どもっぽいと言われつつ、生地を裁ちゆかたを縫っていきます。毎年、夏になるとゆかたを縫ってくれた母を思い出しながら。水たまりで転んだこと、見知らぬ女の子にゆかたを貸して、そのままどこかに女の子がいなくなったこと。針を指に刺してその痛さで、家の前で倒れた妊婦さんのことを思い出したりします。
 赤とんぼ模様の布地を買ってきて、これで今年のゆかたを作ってあげると母は言います。しかし交通事故で母は逝ってしまいます。
 最後のページは枠線無しの一齣です。
 ところどころに、今の兄と兄の友達の様子が入ります。

 このマンガを最初に読んだ時には、素直に以下のことを思いました。
 母の残したゆかた地を裁ちながら母との思い出を回想しているのだと。母の初盆の思い出には胸を打たれました。
 毎年ゆかたを縫う母、ゆかたを着て楽しかったこと、水たまりで転んで大泣きしたことなど。長い髪を切ったことも語られています。
 そして最後のページでは、自分でゆかたを縫うことで、母を失った痛みを乗り越えていく小夜を描きたかったのかなぁと。
 扉絵と最後のページのせいで、もうゆかたができあがってしまっているような気になったりもしました。

 この時、作者は22歳です。ですので、中学生くらいの気持ちもよくわかるのかなあと思ったりしたものです。

 ところが、雑誌「暮しの手帖」第4世紀55号(2011・12年)に作者が書いたのを読んで、それだけではないことに気がついたのです。
 それによると、30歳ごろに両親と大げんかをしたとあります。その後は、仕事を理解してもらうのはあきらめ、互いに漫画の話はしないと暗黙の了解で暮らしてきたとありました。2010年に雑誌社の取材に母親は「漫画に反対したことはいっぺんもない」と言ったとのことでした。
 萩尾望都作品集(赤本)16巻の後書きに父親が娘のことを書いています。この巻に載っているマンガが『とってもしあわせモトちゃん』です。だから父親に書いてもらったのでしょうか。出版年は昭和52年9月10日となっています。この年に「萩尾望都プロダクション」を父親を代表に作ったと wikipedia にあります。二年しか続かなかったようですが。
 マンガを描く娘と両親の確執は、マンガ家になった頃に始まっているのでしょう。だからこそ「お母さんはみんな死んじゃう。あるいはいない」になるのでしょう(ここはトーマの休日さんの 半神 自選短編作品集 萩尾望都 Perfect Selection 9 のカスタマーレビューからの孫引きになります。このかたのレビューは興味深く読めました。ただ、最後の一文は筆が滑ったのでしょう、突っ込みが入っています。 https://www.amazon.co.jp/hz/reviews-render/srp/-/RU7NAYOPSM0G0/)。
 そしてそれらのコンプレックス(複合感情・複合観念)を乗り越えて描き続けた事は読者にとっては幸せなことです。


 タイトル『小夜の縫うゆかた』
 書名 『トーマの心臓』3巻
 出版社 小学館 フラワーコミックス FC-43
 昭和50年6月1日 初版第1刷

 古いところで恐縮ですが、萩尾望都作品集2『塔のある家』にも載っています。