2015年6月15日月曜日

吾妻ひでおの『不条理日記』


 ここ十年ほどは『失踪日記』や『アル中病棟』などで話題になっている作者ですが、『オリンポスのポロン』や『おしゃべりラブ』と云った少女マンガも描いています。ここでは、吾妻ひでおの代表作の『不条理日記』を取り上げます。

 このマンガは「奇想天外」の昭和53年12月別冊(下記のホームページには立志編とあります。奇想天外社からの昭和54年版には名前は付いていません)および昭和54年11月号に載ったものと、「劇画アリス」に昭和54年に載った五話とからなる物語です。「劇画アリス」については Wikipedia に項目があり、自動販売機で売られていた雑誌のようです。

 このマンガは元ネタがわからないと何だろうというのが多いのですが、知らなくても笑えます。ネットで探してみると TomePage の http://www.lares.dti.ne.jp/~hisadome/unreason.html (『不条理日記』元ネタ一覧)と
青年人外協力隊の http://www.asahi-net.or.jp/~ft1t-ocai/jgk/Misc/azuma.html (吾妻ひでお、不条理日記の謎)がありました。
 また、『不条理日記』元ネタ一覧の参考文献に挙げられている「むしゅーせー影穴編「新不条理解析」、奇想天外臨時増刊号・吾妻ひでお大全集、pp.103-120、昭和56 年5月15日発行」にはより詳しく載っています。

 まずは立志編(双葉社の『Hideo Collection 4 天界の宴』にある『不条理日記』に立志編とあります)から
 「酒を飲む」最初の齣は自分の将来を予見しているようで、現在からみると怖いし悲しくもなります。
 「健忘症になる」最初の齣の「ヤンボーニンボーケンボー」はNHKラジオの「ヤン坊ニン坊トン坊」からとったものでしょう。1957年3月31日まで放送されているので、1950年2月生まれの作者は聞いていて記憶にあったのでしょう。
 「ヘビがちょっと通らせてくださいと言って来る」出典不明とのことですが、長いヘビの話は民話にありそうな気がします。これを読んで真っ先に思ったことは、こんなに長いヘビ(通り抜けるのにどのくらいの時間がかかっているのでしょうか)がどうやって身体をおってお礼を言ったのかなと云うことです。
 「気がつくとぼくらはとじ込められていた」一日あれば充分に汚せるとは思うんですけど、閉じこめられた系でなければ。これだけのものをどうやって手に入れたのかなぁと。

 しっぷーどとー編
 扉絵は「2001年宇宙の旅」のパロディーなのですが、ガラスを引っ掻いてキキーという音を出しています。左の人は宇宙服のヘルメットの上から耳を覆っています。なぜ媒体がないのに音が聞こえるのかはこの際どうでもいいでしょう。
 最後の齣は「うちの奥さんこの本見てないだろうな~」と言っている後ろ向きの作者の絵と出刃包丁を持った女の人の影と、畳を持ち上げて覗いているナハハ(吾妻ひでおのマンガによく出てくる人物です)で終わっています。開け放たれた縁側の向こうでは松の木でセミが鳴いています。このセミ、眼からみると作者のようにも見えるのですが……。

 回転編
 前二作とは違って、ストーリー性があります。「○月×日破滅の日が来る」から話が始まります。主役は作者です。といっても夢をみているようなあやふやな物語ですけれど。最後のページではZライトの光を浴びて巨大化した飼い猫に食べられてしまいます。胃の中で猫の餌を掠めてブクブク太る作者、そこに奥さんも食べられて入ってきますが、奥さんさえ食べてさらに大きく太ってしまうところで終わっています。
 魚や鯨に呑まれる話は旧約聖書やピノキオにもあり、世界各地の民話にもあるようですが、共通点は当然のことですが、丸呑みにされることです。猫に飲み込まれるのは、ザラザラした舌でかなり悲惨なことになりそうです。

 帰還編
 11編の掌編からなっています。印象に残るものから少し。
 「親父を殺しにいく」ふつうにSFならばタイムパラドックスになるはずなのですが、ごく当たり前に現在になっています。そして返り討ちにあって川を流れる作者。親父の声が……「また来年こいばいいからなー」
 「★★と☆☆☆☆する」星鶴にまでちょっかいを掛ける作者と星新一の「おーい、でてこーい」の結末のように空から降ってくるたくさんの星鶴、その中の一羽はおかっぱ頭です。これを見て星新一はどう思ったのでしょうか。

 この後に、「永遠編」「転生編」さらにかなり毛色の異なる「SF大会編」と続くのですが、紹介はとりあえずここまでにします。

 『不条理日記』はマンガ史に残る作品ですが、その後の吾妻ひでおを現在から見ると、まだ若いのに燃え尽きてしまったように見えてしまいます。


 書名『不条理日記』
 出版社 奇想天外社
 昭和54年12月25日初版発行

 書名『Hideo Collection 4 天界の宴』
 出版社 双葉社
 昭和60年2月19日第一刷発行

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