2011年8月30日火曜日

いしかわじゅんの『至福の街』

 作者は一応少女マンガ(らしきもの)も描いているのですが、それは措いておきます。どんなマンガだったのか全然印象がないのです。『うえぽん』と云うタイトルで、白泉社から全三巻ででています。今は、電子書籍で読めるようです。

 さて、表題作ですが、1980年の「マンガ奇想天外」No.1 に載ったもので、翌年に単行本になっています、また、1985年に別の出版社からでています。
 この本には11編の短編が載っていて、一番長いのが表題作で48ページあります。巻末に自註があります。その中で作者は、「さる高名な漫画家が、今にどんでん返しがあってギャグになるだろうと、最後まで読んで、結局シリアスのままだったんで驚いた、と言う話が伝わって来た位に、コレはシリアスなのだ」と書いています。別のところで手塚治虫が、と書いている人がありましたので、高名な漫画家は手塚なのでしょう。

 マンガ家菱川は、あるときから自分の周りの人たちが、遠い目をするようになったのに気づきます。初めは恋人の由以、その由以に振られ、由以がつきあいだした筒井と…。
 そしてその頃にブームになったUFO、先輩マンガ家の恩田もそのことに気づき、話し込むふたりでしたが。
 道を歩いていて、菱川は人にぶつかってしまいます。「あ… 失礼!」「いいえ」「あの目だ…!!」菱川はその男の頭上に一瞬「ピンク色の………肉」を見た、と思います。

 アシスタントは「むこうの方が給料がいい」とやめたり、あるいは独立していきます、遠くを見る目をして。ついに連載も次々に打ち切られ、連載無しになります。
 この頃には「あの眼は既に 街の過半を 覆って居た」「遠くを見る様な ……そう 至福とでも 言ったらいいか」「我利と秩序とが 奇妙な調和を 成して居る風景だ」と言う状態になっているのでした。
 「最後の 頼みの綱」と、菱川は恩田のもとを訪ねます。その恩田は「一人ひとりが 幸福になる 事によって全体も 幸福になるんだ そうだろう?」と、サングラスを外して拭きます。その眼は遠くを見る眼だったのです。

 菱川は部屋に閉じ籠もります。今日が何日なのかもわからなくなり、真冬なのに暖かい日々です。
 「受け容れちまやいいんだ…」などと考えているところに、それは現れます。なにが現れたかはここには書きません。答えは扉絵ですが…。
 大勢の集まった道場で、由以は菱川に絹の袱紗を渡そうとします。「さあ……」「宇宙とひとつに なるのよ…」
 受け取ろうとして手を伸ばす菱川ですが、あと少しのところで拳を握りそこから逃げ出します。すると街中の人たちが追いかけてきます。逃げる途中で、街全体が大きなドームに覆われているのを知ります。ドームの果て、押し寄せる人、先頭には由以。
 絶望から両手をドームに付くと、すっと手首から先だけがドームの壁を突き抜けます。

 「オレの指の間を 真冬の風が ゴウと鳴って 走り抜けた」

 宗教と SF がある意味で融合したような、奇妙なマンガです。また、絵がいしかわじゅんのマンガの絵なのも、ミスマッチのようでいて味があるような気にもなります。

 恩田の「一人ひとりが云々」は、ある種の合成の誤謬だと、今ならすぐに言えるのですが、このマンガを初めて読んだときには、そんな言葉は知りませんでした。
 マンガのタイトルの『至福の街』とは、言い得て妙です。信じてしまえば幸福なのですが、信じられない者にはこれほどのディストピアはないでしょう。
 大勢(たいせい)に流されやすい自分は、きっと、菱川を追いかけるほうになるんだろうなぁ、などと思いながら読みました。


 書名『至福の街』異色短篇集
 発行所 奇想天外社 奇想天外コミックス
 昭和56年11月25日 初版発行


 1985年12月に双葉社から ACTION COMICS の一冊として出されています。カヴァー絵は扉絵を描き直したもののようです。こちらは、持っていません。

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