2019年7月31日水曜日

萩尾望都の『小夜の縫うゆかた』


 全国的に梅雨も明け、暑い日々が続いています。そこでゆかたのマンガを取り上げます。
 ずいぶん古いマンガです。ネットでもストーリーは載っていますが、念のために書いておきます。
 中学二年の小夜はゆかたを作ります。一昨年、母が買った赤とんぼ模様の布地を使って。子どもっぽいと言われつつ、生地を裁ちゆかたを縫っていきます。毎年、夏になるとゆかたを縫ってくれた母を思い出しながら。水たまりで転んだこと、見知らぬ女の子にゆかたを貸して、そのままどこかに女の子がいなくなったこと。針を指に刺してその痛さで、家の前で倒れた妊婦さんのことを思い出したりします。
 赤とんぼ模様の布地を買ってきて、これで今年のゆかたを作ってあげると母は言います。しかし交通事故で母は逝ってしまいます。
 最後のページは枠線無しの一齣です。
 ところどころに、今の兄と兄の友達の様子が入ります。

 このマンガを最初に読んだ時には、素直に以下のことを思いました。
 母の残したゆかた地を裁ちながら母との思い出を回想しているのだと。母の初盆の思い出には胸を打たれました。
 毎年ゆかたを縫う母、ゆかたを着て楽しかったこと、水たまりで転んで大泣きしたことなど。長い髪を切ったことも語られています。
 そして最後のページでは、自分でゆかたを縫うことで、母を失った痛みを乗り越えていく小夜を描きたかったのかなぁと。
 扉絵と最後のページのせいで、もうゆかたができあがってしまっているような気になったりもしました。

 この時、作者は22歳です。ですので、中学生くらいの気持ちもよくわかるのかなあと思ったりしたものです。

 ところが、雑誌「暮しの手帖」第4世紀55号(2011・12年)に作者が書いたのを読んで、それだけではないことに気がついたのです。
 それによると、30歳ごろに両親と大げんかをしたとあります。その後は、仕事を理解してもらうのはあきらめ、互いに漫画の話はしないと暗黙の了解で暮らしてきたとありました。2010年に雑誌社の取材に母親は「漫画に反対したことはいっぺんもない」と言ったとのことでした。
 萩尾望都作品集(赤本)16巻の後書きに父親が娘のことを書いています。この巻に載っているマンガが『とってもしあわせモトちゃん』です。だから父親に書いてもらったのでしょうか。出版年は昭和52年9月10日となっています。この年に「萩尾望都プロダクション」を父親を代表に作ったと wikipedia にあります。二年しか続かなかったようですが。
 マンガを描く娘と両親の確執は、マンガ家になった頃に始まっているのでしょう。だからこそ「お母さんはみんな死んじゃう。あるいはいない」になるのでしょう(ここはトーマの休日さんの 半神 自選短編作品集 萩尾望都 Perfect Selection 9 のカスタマーレビューからの孫引きになります。このかたのレビューは興味深く読めました。ただ、最後の一文は筆が滑ったのでしょう、突っ込みが入っています。 https://www.amazon.co.jp/hz/reviews-render/srp/-/RU7NAYOPSM0G0/)。
 そしてそれらのコンプレックス(複合感情・複合観念)を乗り越えて描き続けた事は読者にとっては幸せなことです。


 タイトル『小夜の縫うゆかた』
 書名 『トーマの心臓』3巻
 出版社 小学館 フラワーコミックス FC-43
 昭和50年6月1日 初版第1刷

 古いところで恐縮ですが、萩尾望都作品集2『塔のある家』にも載っています。

2019年5月31日金曜日

藤子・F・不二雄の『ミノタウロスの皿』と『カンビュセスの籤』


 どちらのお話も Wikipedia に載っています。

 まずは『ミノタウロスの皿』から取り上げます。
 ミノタウロスはクノッソスのラビュリントスの奥に棲むという身体は人間で頭は牛という怪物です。

 主人公は宇宙船の事故で一人生き残り、地球型の惑星に不時着します。その星にはウスと呼ばれる地球人そっくりの家畜と、ミノタウロス型のズン類という支配者がいます。
 ウスは服を着ていて外見は地球人にそっくりです。会話も普通にズン類と行っています。ウスの娘ミノアに恋心を抱く主人公ですが、ミノアはミノタウロスの皿に選ばれた肉用種です。
 言葉は通じるのですが、かみ合わない会話(p. 172 の九齣にその様子が描かれています)、その根底にある概念のすれ違い、どうすることもできない主人公です。

 以前に読んだ時には気がつかなかったことがあります。
 会話のできない種では、食べるものと食べられるものとはおおむね決まっています。たとえば、ヒトは美味しく牛肉を戴きます、最後の齣の主人公のように。でも、普通はヒトは、犬や猫のようなペットを食べることはまずありません。昔のヒトは食人もしていたとも言われていますが、いつでもしていたわけではないようです。
 アンデス山中に墜落した飛行機のことを思い出しました。
 地球外のことを扱っているのだからと云われてはどうしようもないのですが、このマンガにはいろいろと考えさせられるものがあります。互いに会話のできる異種同士の事についてです。この話のように割り切れるものなのか、葛藤はないのかなぁと。

 次に『カンビュセスの籤』です。Wikipedia ではわかりやすくするためか話の順番が違っています。
 「カンビュセスの籤」については p. 133 以下で主人公が語っています。そして p. 136 でもう一人の主人公はこう言います。「地獄をのがれて…… 別な地獄へとびこんじゃったわけね。」と。

 カンビュセスの籤に当たった男は、逃げて霧の中をさまよい霧を抜けて遥か未来の、生き残りが一人だけの地に来ます。互いに言葉は通じません。
 双方の思いが通じることはありません、翻訳機の修理が終わるまでは。最後の日に互いの思いを語る二人。恋愛感情は一切でてきません、当たり前ですが。
 籤に当たり、ミートキューブになるために装置に上る少女で終わります。

 未来の悲劇の物語です。終末戦争によって二十数人だけが生き残り、籤を引いて誰かが犠牲になり、一万年の冷凍睡眠を行いを二十三回繰り返し、一人だけになった生き残りの少女、そこ現れた男なわけです。
「あたしたちには生きのびる義務がある」とは、地球で生き残ったものの思いなのでしょう。そして、唯一の救いが「一万年眠ってあなたが目覚めたらこんどこそきっと…」にあるのです。シェルターから宇宙に向けての発信につなぐ希望なのです。
 昔読んだ時には、未来の戦争の悲劇だけにしか思いが至りませんでした。けれど、今回読み返してみて、悲劇ではあるけれども、地球に発生した生命体の代表となるのには成功するかもしれないとの思いを持ちました。

 ヒト以外の生命がすべて消えてしまうと云うことは、地球が無くならない限りは、まあないでしょうが、その逆のヒトが消えてしまうことはありそうでゾッとします。


 書名『ミノタウロスの皿』 異色短編集1
 出版社 小学館 ゴールデンコミックス(GC番号はありません)
 昭和52年12月15日初版第1刷発行

 タイトル『カンビュセスの籤』
 書名『ノスタル爺』 異色短編集4
 出版社 小学館 ゴールデンコミックス(GC-14)
 昭和53年4月15日初版第1刷発行

 文中のページは上記二冊のものです。

 書名『カンビュセスの籤』 愛蔵版 藤子不二雄 SF全短篇 第1巻
 出版社 中央公論社
 昭和62年2月5日初版印刷 昭和62年2月20日初版発行
 これには「ミノタウロスの皿」と「カンビュセスの籤」が載っています。

 上記の三冊は当然のことながら藤子不二雄名になっています。

 この他に手元にあるものは
 藤子・F・不二雄 SF短編PERFECT版 f1 に「ミノタウロスの皿」、f4 に「カンビュセスの籤」が載っています。どちらも2000年に出版されています。

2019年4月29日月曜日

杉本啓子の『夢幻宮』


 作者は貸本でのデビューが1964年とあります。'66年から別冊と週刊の少女フレンドに作品を描いています。しかし私がこのマンガ家を知ったのはずっと後のことです。'79年の『空中庭園』で初めて単行本を買いました。'75年が最初の単行本が出た年とありますので、本屋で見かけた『ジニの魔法つかい』(これはさすがに手は出しませんでした)の出た年です。

 さて『夢幻宮』ですが、八つの短編からなる作品集です。副題が「幻想ロマン自薦異色短篇集」とあります。その中から読み返してみて面白かったものを取り上げます。

 まず、「溶けていく風景」から始めます。
 Ⅰ. ファンタスティック 不仲な両親と四、五歳くらいの女の子、身体の1/4くらいの毬に上手に乗ります。「見て見て」と言っても両親は子供のほうを見ません。「見て見て いるのは あたしだけ」との視線の先にはサーカスで玉乗りをしている自分の姿。
 Ⅱ. サディスティック 砂場でいじめられる女の子、いじめる大きな男の子は画面にはほとんど出てきません。「しばらくして…… その子病気で死んだけど あれはぜったいに病気なんかじゃない あたしをいじめたからだ 当然のことだ」
 Ⅲ. ロマンティック 中学生になった女の子は、一葉の写真をアルバムで見つけます。「これだれ? 新人歌手?」との問いに、昔、女の子をいじめてた男の子と聞かされます。自分の記憶では鬼のような顔だったからです。その子はとても苦しんで死んだことを思い出します。女の子は教室で倒れます。「A子ちゃん!」と級友達が呼びかけます。となりの席のB子ちゃん、いまのとこ大好きなCくん、そしてパパもママもみんなみんなテレビの中に入ってしまって、きこえてくるひとつの音
 Ⅳ. フィナーレ 激しい砂嵐の中にいる女の子、身体があるから痛みを感じるんだ、きえてしまえわたし、砂になれ! 風になれ! 消えてしまったわたし、空気のように生きたいよ、と最後のページは砂漠と満月で終わります。

 フィナーレの独白は思春期の女の子の思いなのでしょう。Ⅲ章でのパパとママはⅠ章のパパとママと同じです。両親の愛情の中で育ったとは思えません。だからこそ、きえてしまえになるのかなぁと。でも、救いがあるとすれば、「いたみも いとしさも かなしみも そのままに 空気のように 生きたいよ」にあると思えるのです。そのままにと云うところがひっかかります。かなしみもなくなれでないところに光明を見るのは考えすぎでしょうか。

 つぎに「夢幻宮」です。
 15ページと一番短い掌編です。見開きのタイトルページを除くと13ページです。
 最初の六ページは水族館です。迷子のお知らせから始まります。今日は迷子が多いなとつぶやく青年、その時その青年の迷子呼び出しがかかり、次に一緒の女の子の迷子放送がありと、次々に館内の人の迷子放送があります。右往左往する人々、一瞬の静止の次のページには十数匹の泳ぐ魚。
 ページをめくるとデパートの屋上です(昔はデパートの屋上には小さな子供のための遊園地があり、遊具がありました)。ボロの服をまとった老婆が一人椅子に座っています。もうすぐ閉店ですよと声をかける青年。老婆は語ります、「むかしむかし まいごになりましてね もう長いこと歩きまわっているんですが ちっとも家につかなくて とうとうこんなになってしまいました」 そして新幹線を模した乗り物を指さし、それに乗せてもらい、「これに乗りたくてここに来て 母親とはぐれてしまったんですよ ありがとう もう思いのこすことはありません」と言います。そこで乗り物の動きが止まります。すると老婆は「あの…… おそれいりますが……」 黒い齣に白の文字で「今度は観覧車に」
 その下の齣には「ガンガンガンガン ゴーオッ」の手書きの文字が。次のページにはガードを通過する電車が変則横割り四齣で描かれています。そして最終ページはビル群と夕日の齣で終わっています。

 水族館の話はまだわかります。迷子の呼び出しで次々に呼ばれるのは迷惑かもしれませんが、たぶん館内の全員が呼び出されるのだろうと云うことと、騒然とする中での一瞬の静止というのは。
 デパートの屋上の話のほうはわからなくもないのですが、ちょっと無理かなあと。
 新幹線を模した乗り物ではなくて、自動車かバスだったらまだ何とかなりそうですが(新幹線の開業はいつでしょうか。マンガの描かれた時期はいつでしょうか)。それにしても、時間の経過を表すために老婆を持ってくるというのはちょっと安易すぎるような気もするのです。これとは別の話になってしまうと思いますが、小さな子供のままで時間が経ってしまう、衣服のボロさで時の経過を示すというのはどうなのかなぁとも。

 「夢幻宮」は描き下ろしの作品のようです。


 書名『夢幻宮』
 出版社 東京三世社
 1980年9月10日初版発行

2019年3月11日月曜日

地震から八年


 今年も3.11が来ました。あの日と違って今日は夕方まで雨が降っていて、寒くはありません。TV では数日前から特集番組をやっています。

 震災関連死者は3,700名を数えるとの報道には考えさせられます。せっかく地震を生き延びたのにと思うと、その後のケアも大切なのを今更ながら思い知らされます。生きていても仕方ないと言っている方がいます。自殺される方も多いとのことです。

 すでに復興工事はほとんど終わったなどの声も被災地以外ではあるとか。それに対して、被災地では六割近くの方々が復興はまだまだと言っているとのことです。復旧はほとんど終わったかもしれませんが、復興は、と言ったところでしょうか。
 災害公営住宅の建設はほとんど終わったとのことですが、そこでの孤独死も起こっています。隣に住んでいる人に会ったこともない、名前さえ知らないというのは余りにも…。
 また、家が全壊ではない在宅被災者の悲惨も TV でやっていました。災害公営住宅にも入れない、さりとて家を修理するお金もない、あきらめきっているような被災者には声も出ませんでした。

 TV で2011年と2019年の同じ場所で撮った映像が流れていました。2011年の映像で、地震は自然災害だから仕方がない、けれどあれは許せないと、原発を指さして言っていたのが印象に残りました。原発立地地区の復旧復興はあるのでしょうか。

 先日石巻の日和山公園に行ってきました。天気は曇りでしたが、海は静かで、川も滔々と流れていました。あの日の海と川はと思うと……。
 旧北上川の堤防工事はだいぶん進んでいるようでした。けれど道路から見ると、まさに見上げるような高さがあります。川を遡る津波を考えてのこととは思いますが、川面は見えませんでした。附近の住宅の二階から見えるかどうか。工事が終われば堤防の上に道ができるのでしょうけれど。

 昨年の12月に気仙沼リアスアーク美術館に行きました。そこには津波で流されて回収された生活品や学用品などが置かれてありました。これらを使っていた人は無事だったのだろうかなどと思うと、胸に迫るものがありました。

 仙台に住んでいるので、東北三県の事がどうしても中心になってしまいますが、青森県や茨城県、千葉県のことも考えなければなどとも思います。千葉県のタンク火災は首都直下地震を考えると対策はどうなっているのかと考え込んでしまいます。

2019年2月12日火曜日

伊東愛子の『こねこのなる樹』


 昨年暮れ(12月20日頃)ラジオから「猫畑」と云う言葉が流れて、思い浮かんだのが『こねこのなる樹』でした。でもタイトルだけで作者も内容もすっかり忘れていました。たぶんこの辺じゃないかなと捜したところ、伊東愛子の同名の本が出てきました。伊東愛子はこの「こんなマンガがあった」で一番初めに取り上げた人です。
 で、早速読んでみました。こんなお話だったのかと改めて思いました。

 両親を亡くし、アパートで兄と暮らす高校三年生の勝美ですが、結婚して子供のいる姉が拾った子猫を連れてやって来ます。もとからいた猫と併せて三匹になってしまいます。大家さんから一匹は飼っていいよといわれていたのですが、その一匹の他にもう一匹拾った猫がいたのです。それで三匹です。
 夜に庭から猫の鳴き声、逃げ出したかと慌てて庭に出ると二匹の子猫が。一匹は怪我をしていて、結局二匹とも家の中に入れます。
 翌日学校で猫のもらい手の話をする勝美ですが、学校帰りに子猫をいじめている子供から猫を救います。こうして子猫は都合六匹になります。
 もらい手も見つからず、あれやこれやがあり、大家さんの孫娘にばれてしまいます、そして大家さんにも。六匹ときいて驚く大家さんです。
 「なぜ急に子ネコが集まったのかしら?」との勝美の疑問に「お姉ちゃんちの裏庭に「こねこのなる樹」があるからよ」と孫娘の指さすところには銀色毛皮のねこやなぎが。
 この孫娘は赤ちゃんの時に両親を亡くしています。それが語られているのが22ページなのですが、孫娘は最近両親を亡くした勝美を可哀想に思い見ていたのです。

 高校生ですから、進路の悩みも出てきます。働きながら専門学校と初めの頃は考えているのですが、結局は姉や兄の勧めで大学を目指します。
 最後から二つ目の齣には、兄の友達で参考書をくれた男が出てきて、最後の齣は顔を赤らめる勝美で終わっています。

 最近は野良猫を見ることは滅多にありません。でも昔はけっこう見かけたような気がします。猫に首輪は滅多にないようで、飼い猫が外に出ることも多かったようです。このマンガは昭和53年一月号に載ったものなので1977年に描かれたもののようです。確かにこのころはかなりの数の猫がうろついていたのでしょう。

 マンガのタイトルは大事なのだなあと思ったものです。中身はすっかり忘れていても風変わりなタイトルだけはしっかりと覚えているのですから。
 後書き代わりの制作エピソードに花郁悠紀子が出てきますが、彼女は1980年に亡くなったことが書かれています。


 書名『こねこのなる樹』
 出版社 朝日ソノラマ sun comics 641
 昭和56年4月30日初版発行


 ネコヤナギと猫は、萩尾望都のマンガにネコヤナギネコが一齣か二齣出てきているような気がするのですが、確かめていません。

2018年12月5日水曜日

坂田靖子の『パパゲーノ』


 坂田靖子については、以前『リカの想い出 永遠の少女たちへ』で、触れています。
 この人はいろいろなジャンルの作品を描いています。その中から何を持ってくるのか悩みましたが、今回は表題作を含む短篇集を選んでみました。

 この本には表題作『パパゲーノ』の他に五作品が入っています。一つずつ観ていきたく思います。

 まずは『パパゲーノ』と『めりー・ひーる』についてです。
 パパゲーノと云えば思い浮かぶのはモーツァルトの「魔笛」に登場する人物です。
 でもこのマンガに出てくるパパゲーノは草と木でできた小さな家に住んでます。ページをめくると、パパゲーノの大きさがわかります。ライオン狩りに出かけるのですが、ダンディライオンなのです。勝ったり負けたりしているようです。タンポポの草丈の 1/3 もないでしょうか。それでも家の屋根で栽培しているキノコを食べ、ダンディライオンに勝った時にはタンポポコーヒーを飲みと静かに暮らしていたのです。
 ところがある日フィガロの歌を歌いながら現れた少年に静かな生活は破られてしまいます。パパゲーノの家の屋根のキノコは盗られるは、魚を釣り上げると横からかっさらうは、とパパゲーノの日々は落ち着かなくなります。そんな雨の日、フィガロの歌を歌いながら川辺を走っている少年は足を滑らせ川に落ちてしまいます。慌てて家を出て少年を助けようとするパパゲーノですが、少年は見つかりません。
 もとの静かな生活が戻ってきます。遠くから来たカメが山を越えた向こうでフィガロの歌を聞いたと教えてくれます。
 最後の齣がカーテンコールと題されて、コーヒーを飲んでいるパパゲーノとカメの前にフィガロの歌を歌いながら少年が現れます。この齣は何を意味してるのでしょうか。

 三番目に載っているのが『めりー・ひーる』です。繁みの中に棲んでいる妖精のようなものです。羽はありません。かんしゃく持ちでかなり我が儘なようです。めりー・ひーるが茨を抜けて森の中に入ると魔女の家に着きます。魔女は大きな鍋で何かを煮ています。地下で眠る龍(?)を起こす薬だそうで、龍に乗ると星まで行けるとのことです。そんなことに興味のないめりー・ひーるは帰るのですが、一陣の風(?)で気が変わり魔女のところに戻ります。ところが扉は開きません、魔女と龍はいつもめりー・ひーるの居るところで彼女を待っています。
 さて、どちらが先に家に帰ろうとするのでしょうか。

 この二作品はファンタジーなのですが、何も変わったことは起きていません。身体が小さいとか、カメが話すとか、魔女と龍が出てきてるじゃないかとかは置いておいてください。不思議なことが起こらなくてもファンタジーになるのだなぁと、特に『パパゲーノ』を読みながら考えてました。

 四作目は『フロスト・バレー』です。
 冬の、とは云っても冬至祭なのでまだ本格的な冬ではないはずなのですが、夜のお話です。キング・フロストの落とした冬至祭のタネが原因で何でもかんでも凍り付くと云うもので、結局は夢オチになっているのですが、面白いファンタジーです。

 五作目の『壁紙』は、「マザー・グース」のいろいろなお話がもとになってできています。終わりから三ページ目の、少年の「でも……誰かいるよ 誰か……ぼくがいないと困る人が……」はなかなかに考えさせられるセリフです。マザー・グースを知らなくても面白く読めると思います。

 六作目はアンデルセンの「ナイチンゲール」のマンガ化です。

 さて、二作目ですが、『海』、この短篇集の中では一番気に入ったものです。
 としゆき少年の夏休みの話です。小さい頃に見た図鑑のせいで海が嫌いになったとしゆきですが、両親は海水浴が大好きです。
 夏休みの土日に海辺のおじいさんの家に行くことになります。早速海に行こうとする両親を振り切ります。夜、海の音を聴きながら思います、「枕の下が海だ おじいちゃんはこんなとこにすんでてなんともないのかな」と。
 翌日、親子三人の海水浴があり、その後海沿いの道を歩くとしゆきとおじいさんの場面になります。「おじいちゃん海がこわいの?」「こんなでかいものこわいにきまっとるだろう!」
 おじいさんに買ってもらった帽子をかぶり一人海辺の道を歩き、ガードレールに寄りかかり海を眺め波を聴くところで終わっています。

 何の事件も起こらないありふれた日常を描いただけのマンガなのですが、妙に心に残ります。ほとんど二日間のお話なのですが、としゆきの成長を感じることができます。それは直截には描かれていませんが、最後の海を見るシーンでそれを表していると思えます。


 書名『パパゲーノ』 坂田靖子傑作集 
 出版社 MOE出版
 1989年4月 第1刷



 今日からから九年目になります。この一年は五回だけでした。次の一年はどうなることでしょう……



 【追記】2019年7月31日
 先日、「世界史を変えた異常気象」を読んでいましたら、1941年にソ連に侵攻したドイツ軍は11月に寒波に襲われ、12月上旬には身動きがとれなかったとありました。積雪の記載はありませんが、モスクワで零下25.9度まで下がり、場所によっては零下50度にもなったとあります。知らなかったとはいえ、12月上旬でこんな事になった年もあったなんて。
 『世界史を変えた異常気象』2019年4月30日 第1刷発行 田家康
 日経ビジネス人文庫 日本経済新聞社


 【さらに追記】2019年12月5日
 今年は北日本では12月上旬に40 cm を超える積雪のあったところもあり、うっかりしたことは書けないなぁと思い知らされるこの頃です。

2018年7月31日火曜日

江島絵理の『柚子森さん』


 最終五巻の出たのが五月なので、新しいマンガです。普段はこんなに目の大きな女の子の表紙のマンガはめったに読まないのですが、この時はなんだか呼ばれたような気がして買ったのです。

 第一・二巻の登場人物は三人だけです。小学四年生の柚子森楓と高校二年生の野間みみかとみみかの同級生のしーちゃん(第二巻で志摩栞と柚子森さんに自己紹介をしています)です。第三巻では、その16にちらっと出ていた柚子森さんの同級生がその18.5で、りりはという名前で出てきています。第四巻ではその22までは、りりはと同級生の五十鈴がメインです。後半はひとりぼっちの柚子森さんです。第五巻では、結局仲直りするみみかと柚子森さん、そして親友になったりりはと五十鈴の四人といったところでしょうか。

 みみかが初めて柚子森さんに出会うのは、見開きにしゃがんでいる柚子森さんと猫のシーンです。この時は防犯ブザーを鳴らされかけます。その時に財布を落とし学校帰りに財布を捜すみみか、そこを通りかかった柚子森さん。柚子森さんのおかげで財布は見つかります。そこから二人は付き合い(?)始めます。七つ年上のはずなのに、みみかは柚子森さんに敬語で話すし、雷の怖いみみかは柚子森さんに怖がらせられないように慰められるしと、立場が逆転しています。
 そんな柚子森さんですが、しーちゃんにみみかのことをいろいろ聞かされて、嫉妬します。しーちゃんが帰った後で、柚子森さんの告白があり、悩んだ末のみみかの「私も好きです」があり、両想いだと知る二人です。
 その18.5で、りりはは柚子森さんに「あなたの大切なもん、ぜんぶ奪ってあげる」と言います。りりはは五十鈴を誘って、柚子森さんとみみかの後を付けます。柚子森さんと別れた後のみみかに近づくりりはですが、みみかに相手にされません。みみかのバッグから落ちたマンガを見て五十鈴が食いつきます。そのおかげでりりはの計画は成功します。
 翌日、柚子森さんがみみかを尋ねるとそこにはりりはと五十鈴がいます。りりはの言うことを真に受けて、みみかは柚子森さんとの付き合いを止めてしまいます。二人はそれぞれ胸に空洞を抱えます。一方りりはは作戦通りだったのですがちっとも楽しくありません。
 ある日、みみかのことを想い雨に打たれている柚子森さんにしーちゃんが声をかけます。みみかのうちに特攻かけようとするしーちゃんですが、涙を零している柚子森さんを見かけてりりははしーちゃんに跳び蹴りをして柚子森さんと逃げます。りりはは、みみかと仲違いさせたのは自分の計画だったことを話します。実はりりはも柚子森さんを特別な目で見ているのです。その柚子森さんから「腹黒くても。いまのりりはのほうが好きかな。」と言われるりりは。やっとりりはに追いついた五十鈴が見たのはにこ~としているりりはです。
 柚子森さんはりりはと別れたその足でみみかのところに向かいます。柚子森さんとみみかのやり取りがこのマンガのクライマックスなのでしょう、とても四年生とは思えないセリフが飛び交っています。道端で抱き合う二人をちょっと悔しそうに見やるりりはです。
 しーちゃんを加えた五人で夏祭りに行くところでメインの話は終わりです。柚子森さんとみみかの二人のブランコでの会話がここのキモです。みみかの「先に大人になって待ってますから」に「待ってて」と答える柚子森さん。
 最終話は柚子森さんの中学の入学です。毎日あなたを失って、会うたびあなたにまた恋をする、とのみみかの思いで終わっています。唄のセリフにあったような……。

 このマンガは徹頭徹尾女の子しか登場しません、男の子は遠景です。以前に扱った矢代まさこの「シークレット・ラブ」はレズを扱ったものですが男が出てきています。というより、女の子が女の子が好きなのに気づいて姿を消すというお話です。また少女マンガで女の子同士のキスシーンを初めて描いたといわれる山岸凉子の「白い部屋のふたり」は、舞台が外国で二人とも15歳ぐらいだったような。
 五巻まで続いたにしては、最終話を除いては時間は数ヶ月しか経っていません。それでもずいぶんといろんな事があって、と言ってもそれは終わりの二巻なのですが、時間が経ったように感じられます。
 マンガとはいえ、小学四年生とは思えないセリフの数々、でもそれも含めて面白く読めました。
 最終話の「私が一目で恋に落ちた、あのときの柚子森さんにはもう会えない。二度と会えない。」のシーンで、脳裏を掠めたのは「レ・ミゼラブル」の終わりのほうでジャン・ヴァルジャンが小さかったコゼットの服をみて涙を流す場面です。中学三年の頃に読んだと思います。章ごとにストーリーとは直接関係のない話が入っていて何故だろうと思いつつ読んだ記憶があります。

 「みみか」を一瞬「みかか」と読みそうになったのは2ちゃんねるに毒されているのでしょうか。


 書名『柚子森さん』
 出版社 小学館 ビッグスピリッツコミックススペシャル
 2016年12月17日初版第1刷発行 ① 大正義。
 2017年  3月15日初版第1刷発行 ②  最最最の高。
 2017年  7月17日初版第1刷発行 ③  1ページごとにため息ついて
 2017年15月17日初版第1刷発行 ④ 全ページが神域
 2018年  5月16日初版第1刷発行 ⑤  祝福につつまれる至高のガールミーツガール。

↑帯の惹句です

2018年5月31日木曜日

永野のりこの『GIVE ME(くれくれ)たまちゃん!』


 永野のりこといえば、眼鏡の少年(マッドサイエンティスト)とおかっぱの女の子が定番ですが、このマンガはちょっと違います。眼鏡の中学生と三つ編みの女の子が主役です。
 帯には「いつものメガネのマッドサイエンティストが女の子をアレするマンガと思ったら大まちがい ひとあじ違う永野のりこ ハンカチは、5枚じゃ足りない!」とあります。確かにハンカチは5枚では足りないと思います。けれどもちろんお涙ちょうだいではありません。マンガに必要な笑いがちりばめられています。

 このマンガは1989年から描かれたもののようで、日本はバブル経済の真っ最中でした。だからこそ帯に「お大尽だよぅ」とあるのも頷けます。
 あらすじについては「つれづれの館」の「漫画資料室」を見て戴ければ幸いです(www.jakushou.com/ture/manga/mei/tama.html)。
 終戦直後からコールドスリープで平成の世に甦る女の子のお話です。

 それでは、私なりに面白いと思うところを少し書いてみます。

 2章の「マリラのようなツッコミをっ」は赤毛のアンからのものでしょう。同じページと次のページにかけては泣くべきなのか、笑うべきなのか、道の真ん中でがつがつと食事をするおたま。せっかくの名場面が……。
 この章からレギュラーの佐渡金山(さどかねやま)もり子が登場します。
 3章でおたまが還(カエル)と同学年で八ヶ月生まれが早いことがわかります。カエルの好きな子がイライザと名乗った女の子なのが気を失ったカエルの回想に出てきます。
 そして4章で、もり子がイライザであることが読者にはわかります。カエルがそれを知るのは21章なのですが。
 8章でもり子の祖父佐渡金山日出邦(じいさん)が出てきます。日本一、いや世界一の大金持ちですが、おたまには徹底的に優しく振る舞います。敗戦後のどさくさで行方不明になった妹のお給とそっくりなおたまなのですから。9章でおたまとお給が同一人物と気づくカエルですが、そこはマンガ、いろいろと邪魔が入り21章までじいさんには話せません。
 10章の佐渡金山の「あのヤケアトで日本の繁栄を切望していたわしが… この豊かさをにくむとは…」との思いと、この章の終わり三ページはグッときます。じいさんの回想で、青年のじいさんがたまをだきしめ「わが愛しの妹(たま)よ…」と言うシーンがあります。

 以下ドタバタギャグとところどころにしんみりのシーンがあります。
 そして終わりから三つ目の章(20章)で、じいさん宛のカエルの手紙(おたまがじいさんの妹である)をもり子がカエルから奪って読みます。もちろん信じられないもり子は21章でおたまを攫って、どこかに捨てるように国際シンジケートに依頼します。カエルはじいさんにおたまの出自を話します。おたまが自分の妹であることを知り、おたまを探し出そうとするじいさん。しかしじいさんは、病に倒れます。一方、もり子がイライザなことを知ったカエルはもり子を抱きしめます。
 最後の22章では、大団円なのですが、最初にじいさんの回想があり、カエルの父親の作ったコールドスリープでじいさんは眠りにつきます。
 それからしばらくしてーー具体的な期間はありません、おたまが大人になっているくらいの期間ですーー脳と骨格以外はすべて交換されてじいさんは復活します、青年として。
 おたまに会ってあんちゃんは訊きます。「おめぇ ハラへってねぇか?」「うん あんちゃん!!」と答えるおたま。このシーンにはハンカチが必要です。

 なお、1章と書きましたが、①と白抜きの数字で示されています。
 また、章ごとにタイトルがありますが、映画のタイトルまたはそのパロディーになっています。全部がそうなのかはわかりませんが。

 360ページの大作なのですが、読み始めると止まりません。笑いあり、考えさせられるところあり、涙ありと面白く読めます。カエルの父がマッドサイエンティストの役を演じています。

 このマンガが描かれた頃は、最初に述べたようにバブル景気の真っ只中でした。その頃にこのようなマンガが描かれたことに驚きを感じます。世界一の大金持ちが登場するのはそれが背景にあります。それでも金より当然家族を取るじいさん、そしてもり子なのです。
 おたまが主人公なのですが、もうひとつのお話はもり子のカエルへの想いと、カエルのイライザへの恋でしょう。最後のページで子供を抱いているカエルともり子がいます。

 このマンガの前に「火垂るの墓」のアニメが上映されています。戦後を生き延びられなかった二人に対して、このマンガは戦後の混乱期を生き抜いたじいさんと、そこをスルーしたおたまの奇妙な物語です。

 どうでもいいことですが、21章のもり子が鬘を脱ぎ捨てるシーンで後ろ姿の脚が描かれているのですが、そのストッキングに縫い目があります。

 書名『GIVE ME(くれくれ)たまちゃん!』
 出版社 徳間書店 少年キャプテンコミックススペシャル
 1993年12月20日 初版発行

2018年4月30日月曜日

秋月りすの『OL進化論』


 第一巻が1990年10月ですので、28年も続いているマンガです。現在も連載中なので「こんなマンガがあった」ではないのですが、四齣マンガで時代を反映しているということで、初期のものは過去にこんな事があったと云うことで、懐かしさを感じるのです。

 Wikipedia に「OL進化論」の項目があり、そこにはかなり詳しく過去のことなどもあり、参考になります。1989年の終わりごろから連載が始まっています。

 そこで初期のもので印象に残っているのをいくつか取り上げます。

 まず、第二巻の最初16ページについてです。このころはまだバブル時代が残っていて、商店街のミス・コンテストで香港旅行ということもあったようです。
 ジュンちゃんに誘われて、ミス・ハーバーライトに出て優勝して香港旅行のペアチケットを手に入れる美奈子です。みんなを誘って遊びに行こうというジュンちゃんに、鵜飼いの鵜を思い浮かべる美奈子。
 同じ課の絵美とけいこも一緒に行くことになり、残される課長一人。田中君も休みを取ったのでしょうか。課長はブルーマウンテンを買って一人飲んでいます。
 OL四人の香港でのお話は、行きの飛行機での話を含めて七ページほどです。その半分ほどは食堂と食べ物のお話なのはまぁわかります。15ページの「圧縮」にはくすりとします。旅行中ずっと便秘のジュンちゃんを見て、あれだけ食べたものがと不思議に思う美奈子。
 二ページほどに渡って、社長と社長秘書令子のお話があります。社長の「香港だとひとっ飛びだ 国内出張と変わらんね」とのセリフがあります。
 おみやげの中国服を課長に着せて、そこに部長が現れる場面には笑ってしまいます。

 33ページの「効果」を見て、このころはまだ音姫が広く普及していなかったのかとわかります。1988年発売とありますので、広く普及する前だったのでしょう。

 三巻の34ページには派遣社員が出てきます。派遣会社から来たコとなっています。
 五巻87ページの「最近の若者って」には、昔を思い出して納得できます。中学生と高校生の区別が付かなくなって、歳だなぁと思わされる話です。

 六巻の91ページからの16ページは面白く読めます。派遣会社からの派遣社員の話と課長の子ども達のアルバイトの話の二つが並行して進んでいます。子ども達の春休みの頃の話です。派遣社員の話も面白いのですが、アルバイトの話も面白いものです。中学生の娘はお金持ちの年齢不詳の女の人にアルバイトを持ちかけられます。女の人の不在の十日間ほど犬の散歩をすることになります。そのバイト代として十万円を出されます。「こんなにもらえませんお母さんにおこられちゃう」「そろそろ親に秘密を持ってもいいんじゃない?」と言われお金を受け取ります。高校生の兄は九時から五時まで倉庫での荷物運びのアルバイトをします。そして新学期、身長が伸びて大喜びする兄です。

 今回は七巻まで目を通しました。始まった頃はバブルの終わりで、途中でそれがはじけてしまった頃のお話になってと、良くも悪くもあの頃を思い出してしまいます。


 実はこのマンガを読み返して取り上げたのにはわけがあります。それはいわゆる「働き方改革法案」が国会に上程されたからなのです。派遣労働は初めの頃は特定の業種に限られていたのですが、改正に改正を重ねてほとんどすべての業種に適用されるようになりました。そして何時の頃からか、ハケンとカタカナ書きされるようになっていったのです。
 高度プロフェッショナル制度の導入については、賃金と業種が限定されていますが、派遣労働のようにいつの間にかその縛りが無くなっていくのではないかとの不安がよぎるのです。杞憂ならばいいのですが。


 書名『OL進化論』
 出版社 講談社 ワイドKCモーニング
 1991年 6 月22日第1刷発行 2巻
 1991年12月16日第1刷発行 3巻
 1993年 1 月23日第1刷発行 5巻
 1993年 9 月23日第1刷発行 6巻

2018年3月11日日曜日

地震から七年


 今年も3.11になります。あの日から七年です。海岸には慰霊碑などがありますが、仙台の街の中は地震のあったことを思わせるものは捜さなければありません。
 今日の仙台は春の日差しが降り注ぎ、あの日と違って春なのだなあという一日です。

 先日の発表では、福島原発の凍土壁は一定の効果はあるものの、予想よりその効果はかなり小さいようです。廃炉作業の準備も予定通りには進んでないようですし。四十年から五十年はかかるという作業は、果たして終わりがくるのでしょうか。
 また、双葉町や大熊町はどうなるのでしょうか。自治体としてやっていけるのでしょうか。浪江町と富岡町は人口の三パーセント前後しか戻ってきていないとのことです。

 一週間前のTVで河川津波のことをやっていました。確かに海の見えない十キロ以上も河口から離れたところに津波が押し寄せるとは誰も思っていなかったことでしょう。これが予想されている東南海地震への教訓になれば、命を落とされた方々も浮かばれるのでしょうか。

 避難している人は七万人以上いて、福島県だけで六割以上とか。まだ仮設住宅に住んでいる方も多いとのことです。災害公営住宅の建設もまだのところがあるようです。被災面積に大きな違いがあり、阪神淡路の時と比べてはいけないのでしょうが、遅すぎるのではないでしょうか。阪神淡路では、津波の被害がなかったためにすぐに復旧できたとのことです。津波のことを考えると、色々と大変なことはわかりますが。
 七年ということは、被災者は七つ年をとるということなのです、あと三年で十、年をとるのかと考えると……。

 被災地での、小さくて地震を覚えていないはずの、または震災後に生まれた子供の行動に異常が見られるとの話には考えさせられます。被災した人たちの震災後の不安やいらだちの影響とのことですが、この子達の将来は、と思うと……。
 ハード面での復旧・復興は時間と金さえあれば何とかなるのでしょうが、心の問題はそうではないので、時間がかかるのでしょう。

 あれこれととりとめなく書いてきましたが、七年が、まだなのかもうなのかわかりません。


 震災の二年後に出版されたマンガ、『3.11 あの日を忘れない』1~5巻をずっと積ん読の状態でした。あの日から七年が過ぎた今、ようやく読んでみようと考えています。

2018年2月12日月曜日

東屋めめの『すいーとるーむ?』


 東屋めめを知ったのは『リコーダーとランドセル』の第三巻が本屋に平積みになっているのを見た時でした。面白いのかなぁと、まず第一巻を買ってみました。翌日には三巻までを買っていました。
 他にはないのかなぁと捜して目に付いたのが表題の『すいーとるーむ?』とデビュー作の『ご契約ください!』です。とりあえず『すいーとるーむ?』の第一巻を買い、ちょっとしてから五巻までを買いました。この時にはまだ最終の六巻は出ていません。もちろん、『ご契約ください!』も買いましたけど。

 一回、(原則)八ページで四齣マンガが15本載っています。四齣マンガですのでストーリーはありません。一回15本でのつながりはありますが。
 OL のゆかりさんが主役で、部長、主任、中途採用の後輩の男子(永井君)、部署の違う女子(美好さん)、そして以前勤めていて独立した女性(塩田さん)が登場人物です。一巻から四巻46ページまではセールス三人娘が登場します。四巻31ページから秋律子というアルバイトの女の子が出てきます。

 タイトルの「すいーとるーむ」が何を意味しているかは最初の四齣でわかります。新人の永井君が「おはようございます」とドアを開けるとパジャマ姿のゆかりさんが。終電を逃したのかと訊いてみると、「ここに住んでるの」との返事。生活用品一式が置いてあります。最初は通勤していたのが「毎日帰るの時間のムダ」と会社に棲みついてしまったのです。そして一巻50ページでは、会社の住所に住民登録をしていることまで出てきます。
 一巻26ページにセールス三人娘が出てきて、以後ときどき登場して、永井君が振り回されます。なにしろ売っているのが、家だったり宝石だったり絵画だったりするのです。そしていつの間にか契約をしている永井君。さすがに家とか宝石は買っていませんが。同巻36ページには塩田さんが登場します。これから先、永井君を巡りゆかりさんとのバトル(?)がしばしばあります。と云ってももちろん、男女関係ではありません。
 四巻31ページから登場する秋さんなのですが、なかなかに面白いキャラクターです。永井君には目もくれず、ひたすらゆかりさんに纏わり付くのです。しかも永井君を敵視しています。この三人の三角関係(?)は五巻にも続いていきます。
 ここまではまとめて読みました。2012年の二月のことです。最後の六巻はこの一年後に出ています。
 六巻には永井君が前の会社を辞めることになった先輩社員の吉川さんが出てきます。永井君が吉川さんに「好きです!」、「ごめんね無理」と振られ、「わかりましたここ辞めます!」が一齣で描かれています。前の会社では「退職理由に失恋」と書いて伝説となり、賭の対象にまでなっているのです。
 この巻の81ページには関心を少し永井君に向ける秋さんが描かれています。89ページには悩みをゆかりさんに相談する秋さん、93ページには転職した秋さんが描かれています。そして94ページには塩田さんと一緒に現れる秋さん。正社員としての転職先が塩田さんの会社で、天敵が二人になってうろたえる永井君。
 六巻の帯には「ゆかりさんいっちゃうの!?」「永井君の恋の行方は!?」とあります。最後の二話のお話はここではしません。
 この巻は35ページ以降は、六ページ11話が原則になっています。

 このマンガの面白さはその設定にあります。これまでにも四齣マンガで OL を扱ったものはたくさんありますが、通勤が面倒で会社に棲みつくというのはありません。究極の職住近接の勤務形態と云っていいでしょう。なにしろ通勤時間がゼロなのですから。もっとも遅刻しないかといえば、時計代わりの永井君が出張した時とかその他がありますが。
 仕事以外では、会社から五分の距離しか動かないというゆかりさんが主役で六巻も描くというのはたいしたものです。

 作者の描く OL マンガは設定がどこかとんでいます。このマンガにしても、『ご契約ください!』にしても、決してあり得ないはずなのに面白いのです。それは『秘書の仕事じゃありません』の秘書にも言えることですが。
 カヴァーのゆかりさんの顔が、巻を追うごとに険が無くなってかわいらしくなっていくのも面白いなぁと思います。

 三巻45ページだけが美好さんが三好さんになっています。


 書名『すいーとるーむ?』
 出版社 芳文社 MANGA TIME COMICS
 2008年1月23日第1刷発行 1巻 手元のものは 2010年5月15日第4刷
 2008年12月21日第1刷発行 2巻
 2009年12月22日第1刷発行 3巻
 2010年10月22日第1刷発行 4巻
 2011年10月22日第1刷発行 5巻
 2013年3月22日第1刷発行 6巻

2017年11月3日金曜日

北原文野の『夢の果て』


 作者のPシリーズの最初がこの『夢の果て』の「ひとりトランプ」です。『夢の果て』は全六巻のシリーズです。わたしが初めて見たPシリーズは「WINGS」を見ていませんでしたので、「プチフラワー」の『L6 外を夢みて』でした。

 Pとは 地上が放射能で汚染され、人間が地下都市に逃れて生きる未来の地球…。超能力者は、混乱させる者 (Perplexer) 略してPと呼ばれ、恐れられていた…。
 これは二ページの最初にある説明です。

 各巻に副題がついています。前半三巻と後半三巻では少し構成が違っています。後半は副題と構成が一対一に対応していますが、前半は副題よりかなり細かい構成になっています。

 超能力者を恐れ迫害する普通の人間と超能力者のことを描いたマンガです。戦いというよりは一方的な迫害と、それから逃れようとする超能力者と云ったところでしょうか。戦いは六巻だけでしょう。
 始まりは自分の子供スロウがPと知って苦悩する母親です。小さな弟サモスに暗示をかけて捨てて、母親はスロウを殺して自殺しようとするのですが、スロウは命を取り留めます。以下、スロウと彼を巡る人たちの話です。サモスがPなのは一巻の200ページでわかります。
 六巻の半ばから、Pと人間の戦いが始まります。終わりは、放射線の少ない地上で生活する超能力者達です。でもそこにはスロウはいません。サモスはスロウと二年半を過ごしたトゥリオに兄のことを聞くところで話は終わります。

 長い話の中で印象に残っている場面を少し書いてみます。
 三巻69ページの、警部の娘で大人になってからPになったヘレンのいまわの際の言葉、
 「生まれた時から"P"の人もいれば あたしみたいに途中から"P"になる人もいる…… それをどうして人間とPと分けられるっていうの……?」
 このマンガでは生まれながらのPもいれば後天的にPになる人間のいることで話が複雑になっています。

 四巻96ページにゲオルグIII世が出てきて、亡くなったゲオルグI世の葬儀を執り行っています。III世は非常に重要な人物です。五巻3ページに祖母が登場します。ゲオルグI世の妻で、透視のできるPです。
 同じ巻の179ページにはクァナが登場します。名前が出てくるのは193ページです。同じ作者の『クァナの宴』の主役です。III世の甥です。

 五巻76ページには「お母さんは どんな子でもいとしく思っているんだよ……」と助けたPの子供に言って、はっとするスロウです。悩んだ末に無理心中をしようとしたのでは、との母の思いに気づくのです。

 六巻131ページにはゲオルグIII世がPであることが描かれています。テレポートで姿が消えます。134ページ以下で、彼が高い能力の超能力者であることがわかります。
 147ページでスロウからなぜPを狩り、Pを利用するのかと訊かれ「わたしは頂上に立つのが好きでね……」と答えるIII世です。

 SFではよくある普通の人間と超能力者の戦いがテーマなのですが、それが最後にひっくり返るとは……と云ったところでしょうか。
 ゲオルグIII世がPなのが明らかになるところまでは、Pと人間との戦いかなと思わせておいて、実はそうではなかったという。祖母がPなのは五巻の最初に出てくるのですが、そこからIII世もPだと分かれというのは無理でしょう。
 自分が支配者の頂点に立ち、すべてを自分のものにするという野望を抱くIII世です。人間もPも嫌いだというIII世に、「それでは(中略)ずっとひとりで生きていかなくちゃならない」と言うスロウに激高するIII世です。 
 その後に、III世の口から自身が親から引き離され、妹のイリィと二人で生きていくことを強いられたことが語られています。

 甥のクァナについては、『クァナの宴』で作者は様々なことを描いています。この物語が途中で終わってしまったのは残念です。
 III世の行動は決して肯定されるものではないでしょうが、そこに至る心の動き、幼少期の暮らし、そういったものがあれば読んでみたいと思ったものです。愛してくれるもの、愛するものすべてを失ったというIII世の心情を知りたいものです。
 頂点に立とうとするIII世ですが、再建される新都市で彼の野望は達成されるのでしょうか? Pが生まれつきのものなら子供のうちに洗脳は可能でしょうが、ある日突然Pになる大人がいるとしたなら、超能力を隠し、磨いて、III世に叛旗を翻すものも出そうです。III世ならそのへんも考えているでしょうが。

 タイトルの“夢”というのはPの見る争いのない世界なのでしょうか。ゲオルグIII世の夢なら怖いなぁと。


 書名 『夢の果て』 1~6巻
 出版社 新書館 WINGS COMICS
 1986年3月5日初版発行 第1巻
 ……
 1991年6月10日初版発行 第6巻

 第4巻から消費税3%がかかっています。

2017年9月22日金曜日

松本和代の『フレンズ』


 だいぶ前にこの作者の『もな子…しゃべり勝ち!』を取り上げました。今回は最初の単行本の表題作を取り上げます。カヴァーを見る限りはギャグマンガです。それは間違ってはいません。けれども見方を変えるとけっこうシリアスな展開もあったりします。

 女子高に通う女の子二人と、男子校に通う男の子二人が主役です。
 舞台になっている街はダイエーはあり、マクドナルドもあり、通学には電車を使うようなところです。59ページにチバ県立東高校とありますから、千葉県が舞台なのでしょうが、東京の通勤圏ではないようです。
 インターネットで千葉県立東高校を調べると、千葉県立千葉東高校がヒットして、千葉市にありました。40年近く前の千葉市はこんなにものんびりしてたのでしょうか。

 楠本美之(みゆき)と横瀬香織の二人の女子高生が角井哲明君と桃田岩男君の二人の男子高生と出会い、付き合いを始めるというと、身も蓋もなくなりますが、これが面白いのです。
 美之と角井の出会いはダイエーの地下の食品売り場です。横瀬はお好み焼きを、美之は焼きそばを買うことにして、焼きそば大盛りでと頼むのですが、いつものおじさんではなくアルバイトの若い人がいます。それが気になって次の日、一人でまた行くと、バイトに「今日も大盛りですか」と言われて逃げ出す美之です。三日目に横瀬と行ってみるともうバイトはいません。縁がなかったとあきらめます。
 同級生の真矢から聞いた喫茶店で二人は、男同士で喫茶店に来ているバイトの男の子に出会います。東高校生で角井と桃田という名前です。三十分ほど話して別れます。東高校の校門前で待ち伏せをする二人ですが、40分ほど立っていてあきらめて、肉まんあんまんを買って公園で食べているところに角井と桃田が現れます。まんじゅうを食べながらの話がしばしあって、日曜日に四人でデートになります。デートの場所はなんとラーメン屋です。そのデートもうまくいきますが……。
 美之は角井と真矢が親しくしているのを何度か目撃します。それを見てもやもやする美之。真矢が角井の従妹と知るまでの80ページ近くは面白く読めます。と云ってもほんの二、三日しか経っていませんが。204ページの美之と真矢の顔の対比には笑ってしまいます。笑いを堪えられない美之とぶすっとした真矢と。
 最後の三ページがなかなかに面白いものです。角井に付き合って欲しいといわれ、顔を赤くする美之、最後のページは大きな一齣で、樹の下で赤い顔をして「あの…あの…」と言う角井と、赤い顔の美之で終わっています。

 この終わり方がいいなぁと思ったものです。ここから先は描かなくてもわかるでしょと云うところが初々しい二人をうまくあらわしているなぁと。
 カヴァー袖には食欲増進オトメチックまんが!とあります。確かに食べている場面は多いです。そもそもの出会いからして焼きそば大盛りですから。高校の場面も昼休みが多いし。美味しそうに昼食のシーンもかなりあります。
 このマンガのタイトルもよく考えられていると思います。友達同士として美之と横瀬、角井と桃田が出てきて、四人が友達になって、美之と角井、横瀬と桃田が付き合ってと、関係がわかりやすくなっています。


 書名『フレンズ』
 出版社 集英社 MARGARET COMICS MC 512
 1980年9月30日 第1刷発行 手元のは1981年1月30日 第3刷です

2017年8月31日木曜日

こうの史代の『夕凪の街 桜の国』


 昨年末から今年(2016年~2017年)にかけて『この世界の片隅に』が劇場アニメ化され評判になった作者ですが、ここで取り上げるのはもう少し古いマンガです。腰巻にはみなもと太郎のベタ褒めの推薦文があります。

 『夕凪の街』は昭和30年(1955年)の広島の原爆スラムが、『桜の国(一)』は、昭和62年(1987年)の東京都中野区が、『桜の国(二)』は平成16年(2004年)の西東京(田無)市と広島が舞台です。
 あらすじは、『夕凪の街 桜の国』で調べると wikipedia にかなり詳しく載っています。そこに、『夕凪の街』の最終ページの次に空白のページがありますが、それについての説明もあります。その次のページには、髪を梳いている母親とうれしそうにしている子供の絵があります。母親のフジミと娘の皆実なのでしょうか。

 それでは、印象に残る場面を少し。
 まず『夕凪の街』について。皆実の14ページのフラッシュバックと、15, 16ページの銭湯でのシーンです。「ええヨメさんなるな」に頬を赧らめる(ように見える)皆実ですがその下の齣は瓦礫から突き出た腕です。いずれの齣も小さいのですが印象的です。銭湯では皆実のあのことについての思いが書かれています。「死ねばいい」と誰かに思われ、それでも生き延びていることについての。
 西平和大橋の袂で皆実は同僚の打越に思いを打ち明けられ、キスされそうになります。その時皆実の脳裏をよぎったのはあの日のことです。打越を突き放し家へ逃げ帰る皆実に思い浮かぶのは、あの日のこと、それに続く日々のことです。「しあわせだと思うたび美しいと思うたび 愛しかった都市のすべてを人のすべてを思い出し すべて失った日に引きずり戻される おまえの住む世界はここではないと誰かの声がする」には、ドキッとさせられます。
 翌日、打越に「うちはこの世におってもええんじゃと教えて下さい 十年前にあったことを話させて下さい」という皆実です。28ページの最後の齣と29ページの初めの齣の間には皆実の話があったのでしょう。「なんか体の力が抜けてしもうた」と言う皆実に、「生きとってくれてありがとうな」と手を絡ませる打越。
 その次の日から家で床についた皆実に会社の人たちが見舞いに来ます。しかし、日に日に弱っていく皆実、目が見えなくなります。32ページの五齣目から33ページは絵がありません、セリフだけです。「十年経ったけど原爆を落とした人はわたしを見て「やった! またひとりころせた」とちゃんとおもうてくれとる?」
 養子に出した弟の旭と伯母が水戸から着いたところで、皆実の思いがあって皆実のお話は終わります。終わりから二齣目に堤防の石段に腰を下ろす打越と、最後の齣は打越にもらったハンカチを持った皆実の左手で終わっています。「このお話はまだ終わりません 何度夕凪が終わっても終わっていません」でこのお話は終わっています。
 たった30ページでこれだけのことが描けるとは驚きしかありません。あの日のことは三ページしか描かれてないのに通奏低音としてすべてに流れています。
 戦争と災害では話が違うといわれるでしょうが、被災者が、私だけが幸せになっていいのかと思うことは多いと聞きます。「うちはこの世におってもええんじゃと教えて下さい」と同じ思いなのでしょう。幸せに生きることが亡くなった方の供養にもなりそうに思えるのですが……。
 皆実が亡くなったのは昭和三十年九月八日です。二十三歳でした。あの日から十年経っています。
 佐々木禎子が亡くなったのは、同年の十月二十五日でした、享年十二歳。「つるのとぶ日」を読んだのはいつ頃だったでしょうか、こちらは実際にあった話ですが。

 つぎに『桜の国(一)』は小学五年生の石川七波のお話です。七波は父の旭、弟の凪生、そして祖母の平野フジミと団地で暮らしています。七波は少年野球のショートをやっていて、野球大好きな女の子です。凪生は喘息で入院しています。団地の向かいの邸宅には七波と同学年の利根東子がいます。四月十日、七波は校庭の桜の花びらを拾い集めて、東子と凪尾の入院している病院に行って花びらを撒き散らして凪生を見舞います。検査で病院に来ていたおばあちゃんには怒られますが。
 そのおばあちゃんが亡くなるのはその夏(昭和六十二年)の八月二十七日のことです、八十歳です。秋には凪生が入院から通院に変わって病院の近くに引っ越します。
 この話はつぎの話の入り口のようで、特にあれこれはいいません。

 『桜の国(二)』は旭と七波、東子が主な登場人物です。凪生ももちろん出てきます、主役ではありませんが。
 退職した旭の様子・行動が変だと気づいた七波はある夜に散歩に出かけると出ていった父の旭の後を付けます。田無駅で17年振りに会いたいと思っていなかった東子に会います。二人で後を付けると、東京駅前から広島行きの夜行バスに乗ります。
 夜行バスでのおばあちゃんの病床シーンの七波の回想は切なくなります。
 広島に着いてからしばらく二人で後を付けます。東子と別れて七波はさらに後を付け墓地に入ります。平野家の墓を見る七波、その三駒前の七波が隠れてみている墓には、あの日とその直後に亡くなった四名の名前が刻まれています。
 70ページの川原の土手に腰を下ろす旭、71ページではそれが昭和30年代初めに変わります。以下、72ページから旭の回想シーンが5ページ半続きます。まだ小学生(たぶん六年生)の太田京花との出会いが描かれています。そして83から84ページには京花を嫁にしたい旭と「知った人が原爆で死ぬんは見とうないよ……」というフジミの言葉があります。
 京花は38歳で血を吐いて倒れ亡くなります。倒れている京花を見つけるのは学校から帰ってきた七波です(直接描かれてはいませんが小学一年生)。93ページの「生まれる前そうあの時わたしはふたりを見ていた」はジーンとくるシーンです。平和大橋の袂の旭と京花は幸せそのものです。
 東子と凪生の二人もうまくいくことでしょう。
 終わりの三ページは帰りの電車での旭と七波です。旭は今年が皆実の五十回忌で、皆実を知っている人たちに会いに行ったことを伝えます。
 最後の齣のセリフは無ければないでも良いように思えるのですが、最後まで暗さを引きずらせないためには必要なのでしょう。

 原爆の怖さはそれを浴びたものに何時影響が現れるかわからないところにもあるのでしょう。皆実の父と妹はおそらく即死に近かったのでしょう、姉は二ヶ月後に、皆実は十年後になくなっています。京花は38年後になくなっていますが、フジミは80歳まで生きています。86ページの七波の思いは当然のことのように思えます。
 子供の頃の思い出の場所は大人になってから訪れると、その小ささに驚くというのはよくあることでしょう。桜が大きくなったせいではないでしょう。


 書名『夕凪の街 桜の国』
 出版社 双葉社
 2004年10月20日第1刷発行 手元にあるのは2004年12月15日第2刷です